高校eスポーツ探訪

2022.10.02

仙台育英eスポーツ部に直撃! ゲーミングPC80台導入の背景(上)

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 2022年夏、第104回全国高等学校野球選手権大会で白河関を越えて史上初めて大会優勝旗を東北の地の持ち帰った仙台育英学園高等学校。甲子園球場の空を飛ぶ白球で湧くその二ヶ月前の6月中旬のこと、仙台育英学園のニュース報道をめぐりeスポーツ関係者の間に衝撃が走りました。

ゲーミングPC80台を導入した仙台育英学園高等学校

 4月に仙台育英学園高校が強力なGPUを搭載したゲーミングPC、計80台を導入したというのです。仙台育英学園高等学校は普通科高校。強力なGPUを搭載したPCの導入実績は「通常は高専、あって工業高校」(教育機関に強いOA機器商社社員)。「普通科高校での大量導入はかなり珍しい」(前同)といいます。

 同社員によると、ゲーミングPCを導入するのは、一般的には高専での三次元CADやCGの教育用途などが多いとのこと。昨今仮想通貨のマイニング用途や折からの半導体不足もあってGPU搭載のゲーミングPCはここ数年価格が高騰の一途。大量導入は難しい状況です。eスポーツ部を抱える学校でも1台の新規導入にも苦慮する状況が続いてきました。今年に入って仮想通貨の下落によりややGPU価格は下がってきたものの、80台の導入はかなり思い切った投資です。

 その背景には何があるのでしょうか。今回は仙台育英学園にその「導入」の背景にあるeスポーツへの取り組みと教育理念について関係者に取材しました。

生きていくために必要なスキルを養う場

 今回導入されたゲーミングPCは80台。設置した施設は宮城県仙台市宮城野区の宮城野キャンパスと宮城県・多賀城市の多賀城キャンパスに40台ずつ。現在設置認可申請中となっている普通科高校・仙台育英学園沖縄高等学校の40台まで含めると関係機関の導入は計120台になります。宮城野キャンパス設置ならびに仙台育英学園沖縄高等学校設置のものはいわゆるタワー型のものに対して、多賀城キャンパス設置のものは可搬性のあるラップトップ型のワークステーションです。

 宮城野キャンパスにある情報科学コースでの利用を主目的に考えられており、eスポーツ部の部活もその利用の大きな一環となっています。今年4月よりスタートしたゲーミングPC80台体制でのeスポーツ部は「新一年生45名が入部して(7月現在)105名になりました」(布施晃伸教諭・eスポーツ部部長)。今回の導入は2018年にeスポーツ部が創部され、その延長線上にある計画です。

 同校eスポーツ部は当初、日野晃教務部長と、のちに同部の部長に就任する村上淳教諭が「eスポーツをやってみたいという子がいる」と、生徒の声に応える形で学校経営陣に相談し、校内に働きかけて立ち上がりました。その際、関係者の中から「eスポーツというけれどゲーム。ゲームを学校でやらせるのですか?」という声もあがったそうです。これに対し、「基本的に生徒がやってみたいということについては可能な限り応援して行くというのが学園のポリシー」と加藤聖一学園常務理事・同校校長室長は語ります。

 さらに加藤室長は「子ども達が触れる学びの機会を可能な限り広げていくということが学校側のやれること。『ゲーム脳』などということが言われますが、それは他の部活でも同じです。何かに打ち込むことは大切ですが、中毒という意味では、そもそもスポーツでたくさん練習することは健全なのか?という疑問もあります。『ゲーム脳』のようにずっとバットを振っていたい、ずっとボールを蹴っていたい。そういう子どもはたくさんいます。果たしてそれは精神的肉体的に健全なのか?という視点は必要。大人としてやれることは正しい取り組み方を教育していくこと」(加藤室長)と強調します。

 つまり子どもの自己管理能力を養う場や、コミュニケーション能力など社会で生きていくために必要なスキルを養う場があるならば、それは教育として学校が取り組む価値があるという考えです。野球部やサッカー部と同じで「子ども達が熱中できるものというのは素晴らしいもの」と加藤氏は言います。そして同校の教育方針の前提を踏まえて「子どもたちが活躍できる場、認められる場が増えるというのは学校経営として最大の喜び」と捉えています。

 実際に部活をスタートしてみるとeスポーツの教育的な効果は「チームで行うタイトルが多く、活動する中で積極性・自主性・協調性、コミュニケーション能力などが身につく」(日野教務部長)といいます。また「その活動の中でリーダーシップを取らなければならない生徒もおり、社会に出た時に役立つ様々な能力が身につく」とさまざまな技能を身に着ける機会が多いと分析します。

 学校側が教育としてeスポーツに取り組んでいくという方向に大きく舵を切ったことで、eスポーツ部だけでなく、情報科学コースの中に2年生を対象に「eスポーツ講座」が設置されました。講師はeスポーツ部の部活創設時から協力している日本電子専門学校から派遣されています。同専門学校を運営する学校法人電子学園は「情報経営イノベーション専門職大学」という専門職大学も立ち上げており、仙台育英学園高校の「高大連携」の一事例となっています。

仙台育英学園高等学校eスポーツ部の活動風景

eスポーツの教育的な価値と潜在需要

 一方で設備は、eスポーツ部創部の2018年にサードウェーブが実施した「高校eスポーツ部支援プログラム」による無償レンタルで始まりました。その後、有償レンタルに移行。活動を続けている間に「eスポーツの教育上の価値と潜在的需要に気づけた」(加藤室長)といいます。

 このことから「自前で機材を持ってもいいのではないか」ということになり、並行して機種選定、調達という形で2、3年にわたり準備しました。近ごろは半導体の不足などの状況にありますが、同校では前もって計画的に準備して今春のスムーズな導入につながりました。

 ゲーミングPCの主な利用コースである情報科学コースの授業では、現在AIプログラミングでPythonやC++などでアプリを作ったり、JAVA/Kotlin言語でAndroidのアプリ作成などを行ったりといった具合。Androidストアに無償で成果物を出している生徒もいます。同コースでは資格取得にも力を入れており、情報処理の試験でマイクロソフトのMOS試験などにも取り組んでいます。「ゲーミングPCはオフィス用のPCよりパワーがあるので、何でもできるという強みがあります。今後は動画作成などにも手を伸ばしていきたいです」と、布施教諭は熱く語ります。

 eスポーツの教育的な価値について、とくに期待を寄せているのが、同校の「情報科学コース」が重点を置くICT教育です。

 ICTに興味を持つ学生は「中学時代、PCにのめりこむあまり、生活のリズムを崩してしまった経験のある生徒も少なからずいます」(武田若葉教諭・eスポーツ部副部長)。それが、不登校や自室にこもってしまう状態などにつながることがあるそうです。PCを多用するICT教育を掲げるうえで、避けて通れない問題です。

 こうした課題の解決策として、eスポーツが活用できるといいます。「eスポーツは、ゲームに興味さえあれば取り組みやすい活動です。ゲームを入り口に、eスポーツ部で大会に参加する仲間を作り、同じ目標を持ち、チームで取り組む場ができることは成長に繋がります」と、武田教諭は実感をもって話します。

 自宅からネットを通じてオンライン上で友情を育むということも大切なことです。ただ、普段生活する学校において、大会という同じ目標に向かって取り組む友人を作るということは、学生生活を豊かにすることができます。活動を続けることで学校行事に積極的に取り組めたり、学校に新たな居場所ができたりと、さまざまなきっかけになることが、eスポーツを部活として取り上げる潜在的な需要としています。

 実際に不登校の懸念のあった生徒がeスポーツ部に入部したことで学校にきちんとこられるようになった実例もあるそうです。

ゲーミングPC80台の恩恵

 高性能PCを80台導入したことで、eスポーツ部の運営状況も変わってきました。体育系と文化部の要素を併せ持つeスポーツ部では、ゲーミングPCの保有台数の問題などから大会に出場する「レギュラー争い」が一般的には起こります。しかしeスポーツの大会では学校ごとの出場人員制限がないことが多いです。なので、ゲーミングPCの保有台数が多い同校では「レギュラー争いというのは基本無く、生徒が『大会に出場したい』と言えば認められる」(武田教諭)とのこと。現状は強いチームとややエンジョイのチームが出て来るという状況です。

 部活で取扱う種目も1種目ないしは2種目に絞り込むというケースが多いですが、同校のeスポーツ部の活動対象では現在6種目。League of legend (LOL)、Fortnite、Apex Legends(エーペックス)、VALORANT、大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ(スマブラ)。そして最近Pokemon UNITEが加わりました。スマブラはご存知の通りPCゲームではありませんが、生徒の要望から採用されました。

 しかし、ここまでの投資をすると大会で結果を残さないと部が存続できない、ということもあるのではないでしょうか? この問いに加藤室長は次のように答えました。「学校の方針としては、部活動の考え方は教職員がやらせたいかではなく、まずは生徒がやりたいと思っているか、そして学校が生徒に身について欲しいと願っている資質・能力について生徒・保護者・教職員が理解を示しているかをはじめ、保護者・教職員などの周りの大人がしっかり応援できるかを重視している。また、大会結果は結果に過ぎず、建学精神にある『至誠』をはじめとする学校の求める資質・能力の育成に部活動が貢献しているかという観点が存続という点では重要。」としています。

 同校ではこうした校内のカルチャーを外部に向けて発信しています。7月には、小・中学生向けにFortnite大会を企画。新型コロナの影響で10月開催になりましたが、高校生がスタッフとして運営する予定です。もともと近隣の小中学校向けにパソコン教室をやっていたので、その延長で実施します。

生徒105人を教諭2人で指導

 仙台育英学園高校は宮城野・多賀城の二つのキャンパスにまたがり、全日制普通科のコースは全校で生徒が3277人もいる巨大な学校。概算で1学年1000人を超えます。そういう環境で生徒の意思や資質の育成を尊重した教育を掲げています。

 eスポーツ部も部員105人をわずか2人の教諭が担当しています。無秩序になってしまっているのではないか? という懸念がよぎりますが、その背景には明確な理念と実効性を伴った学園のポリシーとガバナンスがありました。次回は学校関係者に同校のICTを中心とした学校の体制とその中でのeスポーツの位置付けについて関係者に取材した様子をお届けします。(ライター・関根 航太郎)

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■外部リンク

仙台育英学園高等学校
https://www.sendaiikuei.ed.jp/hs/

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