インタビュー

2022.10.10

全日制高校初eスポーツコースを開設する品川学藝高等学校に聞く、ゲームのリスクと対処法

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 2023年の共学化・校名変更(品川学藝高等学校へ)に伴い、日本初の全日制「eスポーツエデュケーションコース」を開設する日本音楽高等学校。その背景にあったのは、「eスポーツを通じて人間力を育成したい」「多様な子どもにスポットを当てたい」という校長・若林先生の願いでした。後編となる本記事では、気になる具体的なカリキュラムや指導の内容に迫ります。

(取材・文/夏野 かおる)

※前編=全日制の高校初、eスポーツを教育に組み込むワケ 品川学藝高等学校インタビュー(https://esports.bcnretail.com/highschool/221005_000766.html)

左から、コース監修を務める慶應義塾大学教授 加藤先生、日本音楽高等学校校長 若林先生、実習講師を務めるYouTuber もか先生

実習はもちろん、語学やリテラシー教育も

 「eスポーツエデュケーションコース」のカリキュラムはどのような内容なのでしょうか。暫定的な時間割を見ると、いわゆる“五教科”などの必履修科目に加え、「eスポーツ実習」や「eスポーツ概論」、「グローバルEnglish(ゲーミングイングリッシュ)」といった学校設定科目が並びます。

【学校設定科目】
●eスポーツ実習(Minecraftを活用したプログラミングも)
●eスポーツ概論
●グローバルEnglish(ゲーミングイングリッシュ)
●映像編集基礎
●映像表現
●インターネットとビジネス

 興味深いのは、eスポーツのプレーを学ぶ「実習」やゲーム実況を想定した「映像表現」だけでなく、語学やビジネスについて学ぶ時間も設けられていることです。若林先生によると、カリキュラムの設計意図は「人間力につながる『学力の3要素』をバランスよく高めるため」であるといいます。

 「2007年に学校教育法が改正され、『学力の3要素』が定められました。これにより学校現場では、いわゆる“学力”を知識だけに求めるのをやめ、『知識・技能』『思考力・判断力・表現力等』『主体的に学習に取り組む態度』をバランスよく育もうという方針が共有されることとなりました。とはいえ実践は一筋縄ではいきませんでした。教科書の内容を効率よく教えればよい『知識・技能』とは違い、『思考力』や『主体的な態度』を育むには指導や実践のありかたをガラリと変える必要があったためです。本校がeスポーツに着目したのは、まさにこの課題感からです。eスポーツなら、勝つために思考し、判断する経験を積めるのはもちろん、自分らしい表現を探すきっかけになります。そのうえ、子どもの主体性向上も期待できる。なんといっても、大人が『やめさせなければ』と躍起になってきたほど子ども達はゲームが大好きですから(笑)。さらに言えば、社会との関わりを通して『社会に開かれた教育課程』を実現する余地もある。新しい学校教育を実現するために、うってつけの題材だと感じたのです」。

eスポーツの教育的価値について語る若林先生

 若林先生も指摘するように、eスポーツの社会参加的な側面は広く知られるところです。eスポーツはフィジカルスポーツよりも身体的な制約がゆるやかなために、高齢者や障がい者でもチャレンジしやすいのです。実際に北海道の八雲病院では筋ジストロフィーをはじめとした難病の患者がeスポーツに打ち込んでいるといい、共生社会を実現するヒントになっていると評価されています。

 コース監修者である加藤先生もこう添えます。「私は研究者として、高齢者の健康維持にeスポーツが果たす役割を研究しています。高齢者にゲームをプレーしてもらうことで、毎日の楽しみを得ながら脳の健康も維持してもらおうというねらいです。その一環として『健康ゲーム指導士養成講座』を開講しているのですが、この講座には高校生が応募してくれることも多いんです。自分の得意なことを生かして社会貢献ができる経験は、高校生にも大きな学びをもたらすはずですし、地域と学校のよき関係を構築することにもつながるのではないでしょうか」。

eスポーツコースの監修を務める加藤先生

eスポーツ特有のキャリア問題に対処するために

 とはいえ、ここまでの内容はあくまでも“大人視点”での話です。多くのユースカルチャーがそうであるように、大人の手が入った途端に力を失う文化は少なくありません。eスポーツの世界に教育者という“大人”が入っていくことをどう捉えるべきでしょうか?eスポーツ実習を担当するYouTuberのもか先生は、「指導の線引きはデリケート。リテラシーやマナー面は大人がサポートするべきだが、プレースタイルにまで介入することは避けるべき」と主張します。

 「『学校だから』と不必要なところにまで大人が口を出すと、せっかくの楽しさが失われ、子ども達の意欲を削いでしまいます。実習を担当するにあたり、『プレースタイルには口を出すべきでない』ことは僕からも学校に伝えました。その上で、学校という守られた場でプレーに取り組んでもらうことには一定の意義があると考えています。なぜなら、eスポーツには種々のリスクがあることも事実だからです。代表的なところでは、プレー中の暴言やマナーの問題です。たとえば、チーム内に不慣れな子がいて負けてしまったとします。大人の目が届かない場だと、その子を糾弾したり、仲間はずれにしたりするトラブルが起こらないとも限りません。学校であれば、『不慣れなメンバーをどうカバーするか、作戦を考えて次に活かそう』などと前向きな視点を与えられます。昨今の社会では避けて通れないネットリテラシーの問題もそうです。『危ないから』と遠ざけるだけでは本質的な解決になりません。eスポーツという文脈があるからこそ、『動画を配信するなら、こうしたことに気をつけよう』『心無いコメントが来たときはこうしよう』と指導できます」。

 もか先生はさらに、eスポーツには特有の懸念があると続けます。「若い世代が中心になるeスポーツでは、キャリア形成が大きな問題となります。競技者としてのピークがかなり早くに訪れるため、高校を卒業する頃にはすでにセカンドキャリアを考える選手も珍しくないのです。また、社会経験が浅い選手たちから搾取しようとする大人がいるのも事実。いまだにスタンダードなキャリアプランがない世界だからこそ、近くで見守り、支える存在が欠かせないと考えています」。

eスポーツの懸念について語るもか先生

リスクがあるからこそ、学校でやる

 可能性にあふれつつも、さまざまな課題を抱えたeスポーツ。各論を踏まえ、若林先生はインタビューをこう締めくくりました。

 「ゲームは万能ではありません。eスポーツを取り入れさえすれば、教育上の課題がすべて解決するという魔法の手段ではないのです。しかし、それでもeスポーツには可能性を感じていますし、学校としてサポートする意義もあるはず。とくに、グローバル市場を見越した英語力の育成やインターネットビジネスの知見は、子ども達の今後のキャリアにもきっとプラスの影響をもたらすでしょう。もか先生も指摘するように、『危険だからやめよう』ではなく、『危険だからこそ、学校で指導しよう』というのが本校の伝えたいことなのです」。

 現在のところ、「eスポーツエデュケーションコース」の募集人数は約25名だそうです。この秋にはeスポーツルームもオープン予定なのだとか。新たな風を取り入れた学舎で子ども達がどのように個性を発揮していくのか、今から楽しみです。

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■外部リンク

日本音楽高等学校
https://www.nichion-h.ed.jp/

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