インタビュー
2023.11.04
運動・栄養・休養を意識すればゲームが上手くなる!?筑波大学・松井先生に聞くeスポーツ科学 後編
- インタビュー
eスポーツ選手がエアロバイクで運動をしている。そんな動画をX(旧Twitter)で見かけたことから始まった、筑波大学の松井崇先生へのインタビュー。前半では、eスポーツをスポーツ科学の側面から解き明かすことについて説明してもらいました。後半では、このエアロバイクを使った実験の正体は何なのか。松井先生の研究内容にも触れながら、eスポーツの上達にはどんな運動や食事、休憩が必要なのか、実用的な効果にも迫ります。(取材・文/寺澤 克)
運動でeスポーツも上達!? 上手くなることが行動変容の動機!
── 一体このエアロバイクで運動する実験というのはどういうものなのでしょうか。
松井先生(以下敬称略) アメリカで行われた研究なんですが、ゲームの前に運動することによって、敵を倒す数が増えたという事例があるんですよ。これはリーグ・オブ・レジェンドの話です。しかしこの先行研究は、長期的な繰り返しの効果を計測したものではありません。私たちはこれにもう少し長い期間を設け、どれほどの効果があるのかを計測しました。
──つまり先生の研究では習慣的に運動を挟んだ場合、eスポーツの上達にどれほど影響するのかを調べたわけですね。
松井 その通りです。当大学のeスポーツチームOWLSに協力してもらい、VALORANTの練習前に運動をしてもらうようにしました。ただ普段はランニングとかスクワットだけでは面白くないので、VALORANTに近いフィジカルスポーツをやってもらいました。
──VALORANTに近いスポーツ……ですか。
松井 缶蹴りやドッチボールですね。チームプレーが必要になることもそうですが、缶蹴りなんて缶をスパイクに置き換えると近いですよね(笑)。
──想像してみると、確かにそうですね。実験期間はどれぐらいだったんですか。
松井 運動するグループとしないグループに分けて3カ月間計測したんですが、運動した方がエイムの精度を落とすこと無く、速度が速くなったんですよ。
──どれぐらい速度に差が出たのでしょう。
松井 私の研究では、一度に三つ出てくるターゲットを、参加者がどれだけ速く正確に撃ち落とせるかを計測しました。これを20回繰り返した時の平均値を個人のエイミング能力として扱いました。
結果については、運動しないグループと運動したグループの間に精度の差はなく、どちらも約90%の成功率でした。一方、撃ち落とすのにかかる時間は、運動しないグループが564.2ミリ秒だったのに対し、運動したグループは443.7ミリ秒で、運動してからプレーした方がエイム速度が速いという結果が出ました。
運動をFPSの練習に取り入れることで、エイミング精度はそのままに、その速度を約21%速くすることができるという結果です。練習に運動を取り入れる前のエイミング能力は同等だったので、ここでみられたエイミング速度の向上は運動による効果であると考えられます。
とても理想的な結果ですが、もっと例数を増やして結果を確かなものにしたり、異なる運動内容の効果や異なるゲーミング能力への運動効果を検証したりと、まだまだ考えることは多いですね。
──運動の有無によってeスポーツの実力に差が出ることが、研究で明らかになったということですね。しかし一般的にいえば、eスポーツと運動には関連性がないように思われていますよね。
松井 多くの研究で明らかになっていますが、身体を鍛える、運動するという行為には、脳の認知機能を高める効果があるとされています。つまり一見運動とは関係ない機能も高まるんです。まずは運動によって心身の能力の土台が出来上がる。そこからサッカーに特化したスポーツ能力を鍛えるのと同じように、eスポーツに特化した能力を鍛える、といった種目毎の違いが生じるんです。ですが、eスポーツに取り組む人に「運動がおすすめ」と言ってもなかなか話を聞いてくれないですよね。
──運動が嫌いな人は多い印象ですね。
松井 「不健康だから身体動かしましょう」って言っても「ほっといてくれ」と思うじゃないですか。この点は、これまでのスポーツ科学もそうだったんです。例えば、運動教室で頑張って運動をしてもらって効果が出ても、当人に本質的な動機がない場合には教室が終わるとリバウンドする、なんてよくある話なんですよ。
──では、どうしたら運動をしたいと思うのでしょうか。
松井 「健康」を目標にすることは、人間の行動変容のモチベーションにはなりにくいのが現実です。だから、「おいしい」とか「うれしい」とか「楽しい」という気持ちを大切にすることが重要です。eスポーツプレイヤーにとって何よりもうれしいのは「上手くなること」。健康の3大原則である「運動」「栄養」「休養」を意識的に取り入れれば、単に長く練習するよりも上手くなります。このことを皆さんに伝えたくて、さまざまな研究をしていると言っても過言ではありません。
プロは長時間のプレーに順応 睡眠環境はアマチュアが最も深刻な結果に
──「運動」「栄養」「休養」ですか。先ほどの研究の話はまさに運動の部分でしたが、ほかに関連した研究はされていますか。
松井 eスポーツによる認知機能への影響について調べたり、ゲーマーの睡眠の実態を調査したりしたこともあります。
──どちらも気になる内容ですね。認知機能というのは例えばどのような調査だったのでしょう。
松井 どちらもプロチームのREJECTさんやNTTe-Sportsさんに協力してもらました。認知の部分では、アマチュアプレイヤーとプロプレイヤーの認知機能にはどれぐらいの差があるのかを調べました。
──結果はどうだったのでしょう。
松井 一般的にはゲームに使う認知機能は1時間程度までは活性化します。そして、2時間以上プレーを続けると認知機能は落ちてきます。これは「認知疲労」と呼ばれるものです。この場合、疲労を感じにくいことが問題点でもあります。しかし、プロプレイヤーは2時間続けても認知疲労が起きにくい。かつ、疲労を感じやすいということがわかりました。つまり、プロは自分の認知疲労の度合いを自覚しやすくなっているという非常に興味深い結果が表れたのです。
──サイバー空間への適応が進んでいると言いましょうか、驚くべき結果ですね。
松井 次に睡眠です。これについては、先行研究として、韓国、アメリカ、オーストラリアのFPSのプロプレイヤーの睡眠事情を調べたものがあります。彼らの寝る時間は大体朝の4~5時頃でした。そして起きるのは昼頃です。プロは昼まで寝ることで7時間程度の睡眠時間を確保できる。研究はそこまででした。
──先生が行った研究はどこまで調べたのですか。
松井 我々はアマチュアまで含めて調査しました。彼らは、プロと眠りにつく時間は同じですが、朝早く起きて学校や仕事に出かける。つまり、3~4時間しか眠っていないアマチュアプレイヤーの睡眠事情が一番深刻だということが分かったんです。確かにこれでは学生は、勉強に身が入らないですよね。
──生活に支障をきたす恐れもありますよね。
松井 しかもアマチュアの方が寝不足なので鬱っぽい傾向が強い。だから、さらに練習しても上達しにくい悪循環にも陥る。もしかするとeスポーツ特有の文化的な構造が、学校との両立をあきらめてeスポーツに専念するという流れを生み出しているのかもしれません。もちろん夜にプレーすること自体は私の実体験からも楽しいものと理解できるのですが、せめて違ったプレースタイルの選択肢を用意してもいいのではないか、と思いましたね。ごく一部ではありますが、私のこれまでの研究はこういったところです。
「運動」「栄養」「休養」を普段のeスポーツの練習、生活に取り入れるには……?
──いろいろと興味深い研究内容をお話いただきました。eスポーツプレイヤーが一番気になるのは「運動」「栄養」「休養」を取り入れると上達しやすくなるという部分かと思います。これらを普段の練習や生活にどう取り入れればいいのか。先生、可能な範囲で教えていただけますか。
松井 はい、わかりました。
10~15分の高強度インターバル運動を挟む
松井 まずは「運動」で言えば、先行研究では「高強度インターバル運動」という方法が有効であることが示されています。
──高強度インターバル運動?字面が辛そうな感じですが。
松井 ちょっと息が上がるぐらいの運動なので「とてもキツい」ということはないですよ。先ほど話した缶蹴りやドッジボールではなくても、例えば1分間もも上げ運動をするとか、階段を上り下りするとか、軽く息が上がる運動ならば有効だと考えてください。これを30秒~1分行い、30秒~1分休憩する、これを4~5セット、練習の前や合間に行ってください。すると普通に練習するよりも、エイムの速度や精度の向上などが期待できるはずです。ちなみに先ほどのOWLS協力の研究では、運動を挟むことで劇的に体力がついたということはありませんでした。
──目に見えて体力がついたわけではないということは、本当に軽めの運動だったという証拠ですね。
松井 その通りです。しかもこの運動法、プロゲーマーのときど選手がよく試合前にやるルーティーン「マーダーダッシュ」ととても似ているんですよ。その有効性が科学によって裏付けられたということです。とにかく、10~15分ぐらいであれば練習の邪魔にはならないし、上手くなるためであれば当然言い訳もできませんよね(笑)。
睡眠は記憶を定着させる重要な要素 ゲームをしてすぐ寝ると寝つきが悪くなる
──次は「休養」ですね。ところで先生、我々はよく「ゲームは1日1時間」なんて言われて育ってきましたが、実際のところスポーツ科学的にはどうなのですか。
松井 じつはこれは間違いとは言えません。世界的に有名な科学誌「ネイチャー」では、FPSを1日1時間、週5日の頻度でプレーすると、時間や空間に対する注意力が高まる、といった論文が2003年に掲載されたこともあります。では何時間までが良いのかと言われると「連続的にゲームをするには2時間まで」といったところですかね。先ほども言いましたが2時間以上プレーすることで認知疲労が生じる。自覚がなくとも脳が疲れてくるんです。その状態でプレーを続けても質の良い練習とは言えないでしょう。
──すると2時間プレーしたらいったん休憩するのが理想ですか。
松井 はい。2時間単位で練習プログラムを組むのが理にかなっていると言えますね。その合間に、先ほど言った高強度インターバル運動をしたり、良い栄養を補給したり、お風呂に入るのも良いでしょう。チームメイトと反省会を開くのも良いですね。
──お風呂に入るのが良いんですか。
松井 はい、お風呂です。eスポーツは指先を使ってプレーしますが、疲れてくると指先が冷えきってしまいます。サーモグラフィーで観察すると長時間ゲームをプレーした後は、指先が真っ青になっています。ゲームをした後すぐ布団に入っても寝付けないなんてことがありませんか。
──確かに、そんな気がしますね。
松井 風呂上り2時間以内に寝るのが良いと言いますが、これは末端が温まり、放熱するうちに上手く寝付くことができるということに由来します。したがって指先が冷えていると寝つきが悪くなり、睡眠の質が悪くなります。睡眠の質が良いほど、運動記憶の定着が良くなる、つまり、ゲームの上達が速まるので、ゲームが終わったら寝る前にお風呂に入ることを習慣づけましょう。
──睡眠も大事なんですね。質もそうですが、睡眠時間についてはどうですか。
松井 睡眠はその日に学習した記憶を定着させる役割があります。長く寝た方がその効果が発揮され、その日の練習が身体に染み付きやすくなります。有名な研究では、6時間寝るチームと10時間寝るチームでバスケのシュート練習をさせると、10時間寝たチームのシュート成功率が前日の2倍に跳ね上がるといったものがあります。それだけ睡眠は大切なんですね。ですから、少なくとも7時間、できれば10時間程度の睡眠時間を確保するのが理想的です。高度なパフォーマンスを発揮するメジャーリーガーの大谷翔平選手が、10~12時間以上の睡眠を毎日確保していることは有名ですね。
──ほかにおすすめの休養方法はありますか。
松井 「アクティブレスト」という休憩法があります。休むというと何もしないでリラックスするというイメージが強いと思います。しかし歩く、ストレッチするなどの軽い身体活動が身体の回復を促す効果があることがわかっています。先行研究でも、長時間プレーしたあとに2~3分のウォーキングをすることで、疲れが生じにくくなったという事例がありました。1~2時間プレーした後に立ち上がって軽く歩いてみる、これも細かい休養の取り方として有効です。
炭酸もプレーに有効?糖質のコントロールでパフォーマンスも自由自在に!?
──最後に「栄養」ですが、eスポーツと言えば何かとエナジードリンクに結び付けられることが多いですよね。
松井 エナドリはカフェインなどの成分が注目されがちですが、吸収の速い糖質が含まれているため、すぐにパフォーマンスを出したいときに摂取するのが最適です。糖質は脳の機能や記憶、認知機能に影響する栄養素。さらに言えば、摂り方を工夫することでパフォーマンスのピークを調整することもできます。
──なるほど。ピークを調整できるとどのようなことが期待できるのですか。
松井 場面によって使い分けることができます。ピークをコントロールするには、血糖値が上昇する速さを示すグリセミックインデックス(GI)という値に注目するのがポイントです。例えば、先ほどのエナドリや、ラムネなどで摂取できるブドウ糖は、取ってから15~30分ぐらいで血糖値がピークに達します。つまり試合の直前などに摂るのが適しています。しかし、日々の2~3時間の練習でエナドリを飲んでいるとすぐにピークがやってきて、その後は逆に疲れやすくなったり、イライラしやすくなったりします。
──では日々の練習では、どんなことに気を付ければ良いのですか。
松井 長丁場に及ぶ練習に臨む場合、GI値が低い食べ物、玄米、全粒粉のパンやシリアルなどを優先して取りましょう。これらの食べ物は吸収速度が緩やかなので血糖値が乱高下せず、数時間はパフォーマンスが長持ちします。ちなみに私のオススメはパスタやそばです。玄米と比べたら簡単に用意できるので、一度試してみてください。
──フィジカルスポーツでもGI値を気にする人はいますが、eスポーツでもそれは同じなんですね。他にeスポーツにはどんな栄養素が有効になるんですか。
松井 まずはタンパク質をしっかり摂ること。タンパク質は筋肉だけでなく、脳の機能を高めることが知られています。脳も身体なので、その材料の多くはタンパク質なんですね。脳機能を調整する神経伝達物質の原料もタンパク質由来のアミノ酸です。加えて、タンパク質は糖質と一緒に摂取すると糖質の吸収を遅くできるので、血糖値をコントロールしやすくなります。スポーツサプリの代表格であるプロテインのドリンクやバーは、eスポーツにも取り入れやすいでしょう。
次に、脂質で言えば、魚の脂などに含まれている不飽和脂肪酸です。これは脳に働きかけて神経を増やし、神経同士のつながりを豊かにするとされる成分です。しかも減量効果も期待できます。逆に肉の脂身や揚げ物に含まれる飽和脂肪酸は避けた方が良いです。
さらに、脳に直接働きかけて神経を増やす「ブレインフード」と呼ばれる機能性成分についても知っておくと良いでしょう。これは身近なもので言えば、鮭、カニ、エビなどに含まれる赤い色素のアスタキサンチン、お茶に含まれるカテキンなどが当てはまります。なじみがないかもしれませんが、海外ではイチョウ葉エキスも良く知られています。
あとは、プレー中に炭酸水を飲むのも効果的です。
──炭酸水には一体どんな効果があるのですか。
松井 これは我々の研究ですが、炭酸水を摂取してeスポーツをプレーすると認知疲労を軽減できることがわかっています。もしかするとエナドリに炭酸がデフォルトで入っているのはそういったこととも関係があるのかもしれませんね。エナドリの摂りすぎが気になる際には、炭酸水に置き換えるのも一策だと思います。
eスポーツを通してスポーツ科学ももっと活躍できる!
──今までお話をうかがって、やはりeスポーツもフィジカルスポーツと何ら変わりがないということが分かった気がします。
松井 そうですね。我々スポーツ科学側も良い機会だと考えています。今までは、フィジカルスポーツのためにやっているという側面が強く、ブレインスポーツは自分たちには関係ないという考え方もあったかもしれません。我々の取り組みがきっかけとなり、eスポーツのような現代的・近未来的な頭脳活動をスポーツ科学で支援できるようになれば、もっとスポーツ科学が幅広く活躍できる未来も見えてくる。今後もeスポーツ科学を進めていきたいと考えています。
──大変興味深いお話をありがとうございました!
まだ公にはできないもののeスポーツに関する新たな研究成果の発表を行う予定があるという松井先生。今後も編集部では、松井研究室での取り組みを始めとしたeスポーツに関する学術的な研究をフォローしていきます。
プロフィール
松井 崇(まつい たかし/Takashi Matsui)
1984年筑波大学病院生まれ、東京都中野区育ち。筑波大学体育専門学群卒業。柔道五段。筑波大学大学院体育科学専攻で、中枢疲労を担う脳グリコーゲンの役割を解明。2012年修了。博士(体育科学)。学振特別研究員SPD、スペイン・カハール研究所客員助教を経ながら「スポーツ神経生物学」を推進。2015年より筑波大学助教。2017年より、全日本柔道連盟科学研究部で「柔道生理学」を展開。2020年より、「筑波大学eスポーツ科学プロジェクト」を先導。2022年、筑波大学健幸ライフスタイル開発研究センター副センター長に就任し、「老若男女の健幸スポーツライフの創成」に取り組む。
書いた人
寺澤 克
上場メーカーの営業職から、ライターに転身。スタートアップ企業やインフラ系業界紙を経て、現在はBCN eスポーツ部の編集記者。グランツーリスモやスマブラに幼少期から親しんできたがその実力は微妙。最近の日課は、原神のデイリーを捌くこと。パイモンちゃんLOVE。
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筑波大学 松井研究室 ホームページ
https://www.tsukuba-matsui-lab.org/
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