インタビュー

2023.11.11

新しい大学スポーツのあり方とは?学業・競技・健康を追求する筑波大学eスポーツチームOWLS 前編

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 筑波大学のeスポーツチーム「OWLS(アウルズ)」は、eスポーツをスポーツ科学の側面から研究している松井崇先生の実験に積極的に協力しています。チームというからには、サークル活動や部活動として行うのが一般的。しかしOWLSは同大学の体育スポーツ局が運営するという、少し特殊な組織体系になっているそうです。前編では、普段の活動内容や設立の背景について、OWLS所属の4年生で広報マネージャーを務める諸戸雄一さんと体育スポーツ局の井上陽さんのお二人に話を聞きました。(取材・文/寺澤 克)(取材日:2023年10月5日)

大学として新たな大学スポーツを創出 OWLSもその一環で設立

OWLSの活動拠点。中央のタペストリーに描かれたマークは筑波大学スポーツのニックネーム「OWLS(フクロウ)」の目をイメージ。中の6つの線はチームメンバー6人を表しているという


──OWLSはeスポーツチームとしてはかなり特殊な背景を持っているそうですね。

井上さん(以下敬称略) はい。そこには筑波大学体育スポーツ局の掲げる「スポーツを通じて『DESIGN THE FUTURE, TOGETHER.』を実現する~ 世界に誇れる大学スポーツの未来を共に創り出す ~」という大きなビジョンが深くかかわっています。

──大学スポーツの未来とはなんでしょう。

井上 大学スポーツの価値を最大化することで、学生の教育環境を充実させる。さらに地域社会にも貢献していけるような未来です。

──「価値を最大化する」というのは具体的にはどういうことでしょうか。

井上 大きな目的は、日本の大学スポーツの抱える問題点を解決することです。例えば、競技連盟の主催する大会は大学の授業に関係なく日程が組まれており、スポーツに注力すると学業に影響が出てしまうという課題があります。

 本学では、こうした問題点を受けて、アメリカの全米大学体育協会(NCAA)を参考に、大学スポーツ改革に取り組んできました。

井上さん


──NCAAの大学スポーツは日本とどう違うのでしょう。

井上 日本ではそれぞれの競技連盟がそれぞれの規則の中で、大会を運営しています。学生主体の活動という名のもと、競技ごとの活動をしているため、例えば同じ大学にいるにも関わらず、競技を越えた交流が持ちにくいといったことも起きています。

 一方、NCAAでは大学が意志を持ち、大学スポーツを運営することができます。NCAAはアメリカの大学スポーツを統括する組織です。大学スポーツのガイドラインやレギュレーションを作り、各大学がそのガイドラインやレギュレーションに沿って、大会を運営したり、競技活動を運営したりしています。

 大学がスポーツをすべて管理するので、大会日程や時間を調整することもでき、学生アスリートも違う種目の試合を観戦に行きやすいんです。また大学が大学スポーツ全体のブランディングを行うことで一体感のあるスポーツ文化を創りあげています。一体感のある大学スポーツはより大きなインパクトとなり、大きな収益も上げられます。地域住民もお金を出して家族で大学スポーツを観戦に行くことが当たり前なんです。

 学生が高い競技レベルを追求し、学問にも打ち込むためには大学が意志を持ち、大学スポーツを運営できることが重要になってきます。

──ということは種目別にある部活がそれぞれ独立して活動しているのを、大学で一括管理するということですね。

井上 その通りです。さらには学生たちが安心安全な環境でスポーツに打ち込んでいくには、先ほど言った収益を上げるという点も大切なことではあります。

──その新たな大学スポーツの実現のために、筑波大学ではどんな取り組みをされているのですか。

井上 まず筑波大学のスポーツのカラーを統一しました。フューチャーブルーというのですが、どの種目でもこの色をメインカラーにユニフォームなどを作っています。あとは校章をイメージしたマークも新たに作成しました。グッズ販売なども企画中です。そしてこの「新しい大学スポーツの形を提示する」という流れの中でOWLSも設立しました。大学主催のeスポーツイベントを開いたこともあります。

左は桐の葉をかたどった大学のシンボルマーク。右が体育スポーツ局のマーク


大学主催のeスポーツ大会を開催 学業・競技・健康を柱に健全な強さを目指す

──大学がeスポーツ大会を主催するのですか。

諸戸さん(以下敬称略) はい。早稲田大学、慶応大学、明治大学のeスポーツサークルを招いて、VALORANTの大会を開きました。松井先生の実験も兼ねてはいたのですが、主催というからには、参加者全員の交通費や宿泊費は大学側で負担しています。

──すべて負担ですか。確かに大学が管理するというのはそういうことですよね。結果はどうだったのですか。

諸戸 私たちはその時2位でした。しかも、どれだけ絆が育まれていたのか計測できる実験装置を松井先生が開発していて、それによると一番チームの絆が強固だったらしく、シンクロ賞という特別賞ももらいました。

eスポーツルーム内に飾られた賞状。ちなみにシンクロ賞選出のために使われた絆の度合いを測れるという技術は、松井先生が特許を出願中だそうだ


 当チームでは「チームビルディング」というものを意識していまして、定期的な研修を受けています。その成果かもしれません。

──どんな研修なんですか。

諸戸 体育スポーツ局に所属するスポーツ心理学の研究員の方から「チームとはどうあるべきか」「どのようにチームでの活動を進めていくべきか」「目標設定の方法」などなど……こうしたテーマで定期的な研修を受けています。

──なぜそういった研修を実施するのでしょうか。

諸戸 これは私たちの活動方針で「学業」「競技」「健康」の三つの追求を定めているからです。この三つを追求することで健全なスポーツチームを目指す、そのモデルケースとして、必要な研修プログラムが体育スポーツ局から提供されています。

井上 体育スポーツ局では、ウェルビーイングを大切にしています。これは、チームビルディングで講師を務める研究員の専門であります。

諸戸 やらされている感覚で部活動に打ち込んでも、練習には耐えられません。そして、選手もコーチたち自身も、心身ともに健康な状態でいられる中で競技力を高めていくことが何よりも大事で、その方が選手もどんどん上手くなれると思うんです。

諸戸さん。OWLSはVALORANTのチームだが、諸戸さんはウイイレが好きでVALORANTのプレー経験はないという。活動を開始した2022年からの継続メンバーだ


──健全に強くなっていく、ということですね。健全を追求しているとプレー時間が限られるなどの制約が発生しそうですが、方針に掲げている通り勝利にもこだわっているのですか。

諸戸 もちろんです。でも勝つためにほかの要素を犠牲にするのは正しくありません。限られた中で、どれだけ勝ちにこだわることができるか。それが大事です。

井上 日本だとなかなかイメージしづらいかもしれませんが、海外の大学のトッププレイヤーにとっては、心身ともに健康でありながらスポーツに打ち込むことがスタンダードになっています。逆に健康でなければ勝ち負けにこだわる競技性という領域まで到達できません。OWLSの役割の一つは、そのような価値観を日本のeスポーツ文化に根付かせていくこと。メンバーの皆さんと一緒に新しいeスポーツ文化を創っていきたいと思っています。

活動は週2回 eスポーツ科学の成果も実践中

──「学業」「競技」「健康」という3点に重きを置く理由は理解できました。他にはどのような工夫をしていますか。

諸戸 例えば、この部屋に来て選手たちが練習するのは週2回です。そして練習時間は一日3時間です。

──週に6時間というと決して多くはありませんが、これにはどういった狙いがあるのでしょう。

井上 学生生活のバランスを取ることが狙いです。これはアメリカの大学スポーツをモデルにしています。NCAAのガイドラインではチームとして練習する活動時間が定められています。これにならって勉学との両立を図り、スポーツ以外の学びを得るための時間的余白を意図的に作っています。活動時期であっても、授業とチーム活動だけで1日が終わるのではなく、選手によってはバイトをしたり、趣味の時間を設けたり。卒業後も、より良い未来を歩めるよう経験を重ねる、チーム活動が貴重な大学生活の大部分を占めないようにしています。

──しかも「健康」を目標の一つに掲げるのは珍しいですね。なにか変わったことをしているのですか。

諸戸 eスポーツと運動は距離感があるように見えますが、私たちは、練習前や合間に運動を取り入れています。また、eスポーツの研究に「練習の前や合間に運動を取り入れると、eスポーツパフォーマンスが向上する」といったものもあるそうです。健康な生活をしながら、さらにパフォーマンスを向上できる、そんなeスポーツプログラムです。

──聞いたところによるとサッカーをしているようですね。

諸戸 はい、W杯が盛り上がっているときに、筑波大OBで日本代表の三苫選手、谷口選手の応援という意味を込めて、みんなで運動としてサッカーをすることにしました。そして今やっているのは「筑トレ」というものです。

──筑トレ? とはなんですか。

諸戸 筑波大学体育スポーツ局が公開している室内トレーニングの動画で、このコロナ禍の自粛期間もあってか、再生数が非常に伸びた人気コンテンツの一つです。

(タブレットで動画を見せてもらう)

──これ10分もあるんですね。ちなみにどれをやっているんですか。

諸戸 この瞬発力を高めるトレーニングです。これが結構きつくて、やった後はかなりクタクタになります。

かなり実践的な内容で体育スポーツ局のYouTube公式チャンネルを見れば16の筑トレを楽しめる


参加するには面接必須 大切なのはパイオニア精神?

──チームはどんな構成なんでしょう。

諸戸 選手が5人いて、コーチが2人。そして広報とマネージャーが2人ずつという11人体制です。ちなみに私はマネージャーです。

──なるほど、広報とマネージャーがいるのですね。部員たちはどのように入部したのでしょう。

諸戸 私を含めて、全員面接を受けて入部しています。

──面接ですか。

諸戸 はい、明確な選考基準はわかりませんが、別にゲーム自体の実力は問われず、ゲームに対する思いが重視されていたと思います。しかもOWLSは今までにない取り組みなので、スポーツの価値の最大化、健全化を目指すにあたり、新しいことにも積極的に取り組むパイオニア精神のようなものを問われているのだと感じました。おそらく、他の部員も同じような基準で選ばれたと思います。

──ではこのメンバーで4年間やっていくのですか。

諸戸 いいえ、年間を通して活動するのは6カ月ほどで、毎年面接を行っています。活動が始まったのは2022年で、2023年は第2期に当たります。4月から募集をかけ、6月から12月あたりまで活動して、翌年1月末でいったん解散になります。私のような継続メンバーもいますが、来年度はまた新メンバーということになるはずです。まだまだこの活動はタネのようなもの。ここで選手が不健康だったら活動を続けられなくなってしまいますし、今はとにかく継続できれば私としてはうれしい限りです。

チームはまだ始まったばかり 地域貢献など新たな動きで活動を伝えたい

──2022年設立ということは、まだ活動は始まったばかりなんですね。ちなみに諸戸さんから見て今のチームの現状はどうでしょうか。

諸戸 成果のことを言ってしまえば、すごく強いというわけではないです。まだチーム運営などの根本的な部分を固めようという段階なので、これからどのように実力を伸ばしていくかは、私たちメンバー次第というところです。昨年度もメンバー同士が対立したこともありましたが、それを乗り越えて現在の体制になっていることを考えれば、少しずつ進歩していると思います。

──対立があったのですか。

諸戸 はい、昨年度は、やはり活動時間が少ないという意見が出ました。また、コーチがVALORANT専門ではなかったため、踏み込んだ戦略を練ることができず、意見がまとまらないということも指摘されてきました。それらのことで、体育スポーツ局に意見書を送ったこともありました。「効率よく練習する方法を考えよう」とコンセンサスを取ったり、今期から一番ランクの高かった選手をコーチに任命したりするといった対策を取ることで、今はチームとしてまとまりが出てきたのではないでしょうか。

井上 このように自ら進んで、真剣に取り組んでいる点でいえばウェルビーイングを追求できているといえるかもしれません。彼らを見ていると、OWLSはとても楽しそうに活動に取り組んでいます。もっと練習したいと思えるぐらいであれば、楽しさも忘れずに競技に打ち込めるのではとプラスに捉えていますが、どうかな?

諸戸 そうですね。生き生きとした状態と言えるかもしれないですね。今は、学業と競技、それから健康をどう両立していけばいいのか、探っている状況ですから。そんな中でも今期は広報を増やしたこともあり、新たな取り組みにも着手できています。

──新たな取り組みとはなんでしょうか。


諸戸
 「まつりつくば2023」というつくば市で最大級のお祭りが8月にあったのですが、こちらに参加させてもらいました。ほかの筑波大学の体育会系の方々も一緒だったのですが、ねぶたを引きながら、OWLSのうちわを配りました。
 

まつりつくば2023の様子。競技の垣根を越えて筑波大学のスポーツ選手が集まった
諸戸さん含め広報やマネージャーが企画から発注までを手掛けたといううちわ。「スポーツの未来を創ろう」はOWLSの大きなビジョンだ

 ほかにも新たなつながりを模索しています。昨年度は地元の水戸葵陵高校の生徒さんとスクリムを組んだり、「どうしたら上手くなるのか」というちょっとしたテーマで話し合いの場を設けたり、交流を深めました。今年度は、東京のeスポーツカフェに出張し、オフラインスクリムを実施しました。

──昨年度は高校生と交流したのですか。

諸戸 はい。具体的なことはまだ決めていないのですが、今後は、高校生とも協力しながら大会やイベントを開催してみたいと考えて、検討を進めているところです。やっぱり私たちの試みを知ってもらうことが大切なんです。広報のおかげで今後はますます、他の大学や高校、団体に対して、私たちの取り組みをアピールできるはず。健全にスポーツに取り組むことのメリットや大切さを伝えていき、活動に取り入れる団体を増やし、ウェルビーイングの輪を広げていきたいですね。

──どこかでOWLSの試みに賛同し、協力してくれる団体が出てくるとよいですね。ありがとうございました。


 eスポーツだけでなくスポーツ界全体に新たな風を吹き込む。そんな活動を行う筑波大学のeスポーツチームOWLS。後半では、その個性豊かなメンバーの一部を紹介していきます。異色の経歴の持ち主やOWLSの活動に熱中し、将来の夢が見つかったという人にも出会ったので、次回もお見逃しなく。

【お詫びと訂正】
 本稿初出時、「日本代表で大学OBの三苫選手、谷口選手が来校して応援に入ってもらったなんていうサプライズ」という記述がありましたが、正しくは「W杯が盛り上がっているときに、筑波大OBで日本代表の三苫選手、谷口選手の応援という意味を込めて、みんなで運動としてサッカーをすることにした」でした。お詫びして訂正いたします。

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外部リンク

OWLS | 筑波大学eスポーツ X公式アカウント
https://x.com/tsukubaowls_esp?s=20

OWLS | 筑波大学eスポーツ note
https://note.com/tsukubaowls_esp/

筑波大学スポーツ【公式】 YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/@TsukubaSports_official

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