コラム
2024.06.06
普段の授業に付け足すスパイス? 広島で教育的eスポーツやPBLを学ぶ教員向け研修 今後は全国6カ所でも開催へ
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国際教育eスポーツ連盟ネットワーク日本本部(NASEF JAPAN:ナセフ ジャパン)は5月25日、教員向けにeスポーツ教育的活用に向けた研修と模擬授業を広島市の修道中学校・修道高等学校で開催しました。
eスポーツの学習効果とは? プロジェクト学習を学べるPBL研修
NASEF JAPANが行っているこの研修は「PBL教育教員研修会」。PBLとはProject Based Learningの略称で、生徒が主体的に課題を解決する能力を身に付ける学習方法のこと。毎回、PBLとはどのようなものなのか、実際に授業に取り入れるにはどうしたらよいかといった点をeスポーツと絡めながら講義や実演形式で参加者に伝えています。毎回ユニークな手法で注目を集めるのが、グループワークや模擬授業を行う実演の時間です。
今年度全国7カ所を回って行われるPBL研修で、その第一弾が今回の広島県開催となります。当日は、国語、社会、情報、数学、物理、家庭科などのさまざまな科目の教員が集まり、修道中学校・修道高等学校の生徒を対象とした授業や参加者同士のチーム学習が行われました。
午前の部は座学!教育的eスポーツやPBLについて学ぶ
NASEF本部からケビンさんが来校 修道は300年の歴史がある伝統校
午前の部は、座学の研修です。開催にあたっては、NASEF JAPANの松原 昭博理事長が登壇。4月から同団体の名称が変更になったことに触れながら「PBL自体は、さまざまな国で始まっている学習形式ですが、その最も盛んな国と言えばアメリカです。今回は、そんなアメリカにあるNASEF本部から最高教育責任者であるケビン・ブラウンさんが来日してくれました。現役教員でもあるケビンさんなら、みなさんの現場での苦労などもよく理解されていると思います。今回の研修が有意義なものとなることを願っています」とあいさつしました。
そのほか、NASEF JAPANの活動報告として、同団体のeスポーツ・スカラスティック・ディレクターを務める坪山 義明さんが発表。具体例として、アメリカの生徒とeスポーツを通した英語動画交流を行った岡山県共生高等学校の例などを挙げました。
さらに、会場の修道中学校・修道高等学校からは、中学教頭を務める藏下一成さんが登壇。同校は広島藩校が起源となっており、2025年で創立300周年を迎える伝統ある学校。部活動を「班」と呼ぶ独特の文化があり、23年9月にはプログラミングや電子工作などで活動する物理班の中にeスポーツ部門が設立されました。今は大会に向けて練習を続けているそうです。物理班の発表には実際に所属している部員たちが登壇。「修学旅行のしおりをアプリにしたこと」「粉塵爆破や圧力分散などの科学ショーを催している」など多種多様な活動内容をプレゼンテーションしました。
日本の高校は教育的eスポーツに強い関心 eスポーツが学力向上に役立つというデータも
ここからは本格的な講義に。まずはケビンさんが登壇し、これまで行われてきた教育的eスポーツに関する調査結果や、eスポーツを活用した総合的な探究の時間について、以下のように解説しました。
ケビンさん 日本の高校は教育的eスポーツに高い関心を持っていることがこれまでの調査で分かっています。「コミュニティの形成」という点で特に強い関心があるようです。
eスポーツの良いところは「遊び」と「学び」を結び付けられるところ。eスポーツをどうやってPBLに取り入れるかが最も重要なことです。基本的にどの科目でもeスポーツは活用できると思います。
もちろん総合的な探究の時間にも使えます。教育的eスポーツはゲームを教えることが目的ではありません。「コミュニティの形成」「カリキュラムの開発・提供」「クラブ・部活動の活性化・支援」に役立てられるのです。これまでの学術的研究や調査では、eスポーツを学びに取り入れたことで科学や数学、国語の学力が上がったという結果が出ています。驚いたのは感情学習(コミュニケーション)に大きく役立ったという点。「ゲームは暴力的だ」だというイメージとは全く真逆ですよね。
ケビンさんの話で特に印象的だったのはeスポーツに関係する職業や役職を「運営」「ストラテジスト」「コンテンツ作成」「起業家」の四つに分けて図式化した「曼荼羅チャート」。これを見ると実はeスポーツはプレイヤー以外にも多くの仕事があり、さまざまなスキルを生かして活躍できる土壌が出来上がっていることがわかります。
変化やクリエイティビティの時代 必要なのは知識をアウトプットし表現する力
次に文部科学省学校DX戦略アドバイザーを務める竹中 章勝さんが登壇。「K12の学びとPBL」と題して、PBLという概念についてこれまでの時代背景に絡めながら説明をしました。
竹中さん 現代の社会はsociety5.0にさしかかり、データドリブン時代とも言われています。今必要なのは、継承や継続ではなく、変化やクリエイティビティです。そこに適応していくには知識を蓄積するだけでなく、それを表現していく必要がある。現在の学習指導要領にもそのような内容が既に記載されています
そこで教育現場には、知識をアウトプットして実践するPBLが必要になってくる。教員のみなさんには生徒たちをそのアウトプットに導いてほしいんです。日本人は発表が苦手とよく言われます。それはその経験が乏しいだけです。
「遊びましょう!」つくって発表して、楽しく学ぶPBL授業
午後からは実際にケビンさんがPBLを取り入れたチームワーク授業を生徒に実演。その後は先生たちも授業を体験し、チーム別にPBLの実践についてディスカッションしました。
ブロックから条件を満たすものを作り出す それ以外は自由!
修道中学・高校の生徒を対象としたケビンさんの授業には、32人が集まりました。
生徒に手渡されたのは小さなブロック。授業で説明されたのは、このブロックで「使えるもの、便利なもの」「見ればなんだかわかるもの」「他の人でも組み立てられるもの」の三つの条件を満たすものをつくるということ。ちなみにこのブロックを使用した授業は、主に生徒たちのプログラミング的思考を鍛えるのに役立つそうです。
18分の時間が与えられ、八つに分かれたチームがそれぞれ話し合いをしながら、ブロックを組み立てていきます。そしてケビンさんは各チームの状況を確認しながら制限時間を延長します。
最後にそれぞれのチームがつくった作品を発表。三つの条件を満たすという説明だけだったので、付属の説明書の通りにつくったチーム、複数の作品をつくって条件を満たすチーム、生徒たちはさまざまな方法で課題を解決しているのが特徴的でした。これには「三つの条件を満たすとしか私は言っていません。ですから方法は自由です」とケビンさん。その言葉にはPBLの特徴がよく表れていたような気がします。
中でも注目度が高かったのが、この限られた時間の中でスマートフォン用のスタンドをつくったチーム。本当は装飾などにも凝った作品となる予定だったようですが、見事三つの条件を満たし、先生たちからも「すごい」と声が上がりました。
このチームの生徒たちは「授業なのに、楽しく学べました」「考えが凝り固まってしまうと作品をつくるのも難しいかもしれないですね」と感想を述べていました。
最後にはケビンさんが「PBLとは与えられたパーツから課題を解決していくというもの。教科書は知識を得るという点では有効なものです。しかし、時には知識を理解しているかを表現するために実際に何かをつくって見せることが必要です。NASEFがやろうとしているのはそういうことなんです。この授業がその第一歩となれたのならうれしいです」と生徒にメッセージを送りました。
先生たちはeスポーツチームをつくる 制限時間が責任感やモチベーションを生み出す
次にケビンさんは参加者の先生たちに「架空のeスポーツチームをつくる」というプロジェクトを提示。ここでもいくつかのチームに分かれ、与えられた時間は20分です。条件として「チーム名」「チームロゴ」「三つのルール」をつくることが示されました。このセクションでは、「一緒に遊びましょうよ」とケビンさんに肩を叩かれ、筆者も参加してみることにしました。
チームは事前のアンケートによって「ストラテジスト」「オーガナイザー(運営)」「クリエイター」「起業家」の四つの役割で構成。それぞれの地域性や教育的要素、日々望んでいることをルールやロゴに込めるなど、個性的なチームができ上がりました。
気になったのは、ここでも様子を確認しながら制限時間を延長していた点。ケビンさんによれば、制限時間を設けるのは、完成させるという責任感を持たせる意図もあるようですが、限られた中で自分の持てる力を発揮させるモチベーションにもつながるからだそうです。延長する意図ついては明言しませんでしたが、参加者の一人として感じたのは「あと少しで完成する」というところで時間が延長していたので、「あともう少しだから!」とやる気が湧いて作業により一層集中できたという点です。この手法は、授業時間が限られる中で実践するのは難しそうですが、生徒たちの集中力を高める効果はありそうです。
表現方法はテストだけじゃない 学ぶ意義に立ち返ってPBL実践を考える
授業を体験したところで、次はそれぞれの科目で実際にPBLを取り入れるためにディスカッションの時間が設けられました。科目の例として挙げられたのが社会。なぜその科目を学ぶのかという「学習成果」、そしてそれをどのように表現するかという「表現方法」、それにはどのような役割が必要かをチームごとに議論しました。
例えば、実際に挙げられたのは「過去の失敗から学ぶ」ことが学習の成果で、それを「マインクラフトでタイムラインをつくる」ことで表現するという案。そこには「コンテンツ制作の力、ストラテジスト、プロジェクトの運営能力」が必要になるということでした。ディスカッションでは、こうした例が多数参加者からも挙げられ、具体的なPBL授業を企画するには良いトレーニングとなりました。
途中質問の時間も設けられ、ケビンさんは「PBLを取り入れるのにはどんな課題があるでしょうか」と参加者に問いかける場面も。それに対し「そもそも時間がない」「やはりテストが大事という考えが根強いので導入にはエネルギーが必要」といった率直な意見が挙がりました。
PBLは普段の授業に付け足すスパイス それぞれが開拓精神を持つことが重要
研修の最後にケビンさんは以下の様に締めくくりました。
ケビンさん 今日あげてもらったアイデアはどれも実現可能なものです。普段の教え方を変える必要はありません。そこにPBLの概念を付け加えれば良いのです。何かをプラスしてやるのではなく、生徒が理解したと証明する何かをテストの代わりにやれば良い。プレゼンテーションに置き換えるとか、そういうことも有効だと思います。ですから新たに時間を設ける必要はありません。
ただ、「テストが大切」という考え方はアメリカでも問題となっています。中にはテストを聖書のように大切に考えている教員もいる。なのでPBL教育を取り入れるには皆さんがパイオニアになる必要があるでしょう。先ほどの生徒の反応を見てください。決して簡単ではありませんが、その効果は保証できます。われわれが考えるような「学習」を彼らがしているように見えたでしょうか。楽しそうにチームの仲間と話し合いながらブロックを組み立て、学んでいましたよね。
NASEF JAPANのPBL教育教員研修会はあと6回の開催を予定しています。開催地域とスケジュールは以下の通りです。詳しい開催概要や参加募集状況については同団体のホームページやX公式アカウントを確認しましょう。
6月8日 愛知県 名古屋経済大学 市邨高等学校
7月28日 北海道 札幌新陽高等学校
8月3日 東京都 品川学藝高等学校
8月6日 宮城県 仙台育英学園高等学校
10月 関西地区
11月 九州・沖縄地区
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