コラム

2024.05.20

富山県、eスポーツ活用したデジタル人材育成に挑戦 短期講座の効果は?

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 日本のデジタル人材不足解決のカギは“ゲーム”かもしれません。

 富山県の荒井学園 高岡向陵高校で行われていた「eスポーツを通じたDX人材育成プログラム」について、プロジェクトを実施した富山県が3月下旬、成果報告会を開催しました。

 プロジェクトでは、同校の希望者を対象に、eスポーツに関連した講座を実施。受講後、生徒たちにITへの理解や興味関心の変化を聞き、その内容をデータとしてまとめ、分析しました。調査や分析を担当したのは富山県立大学の大学院生。eスポーツをきっかけとしたデジタル人材育成には、どれほどの可能性があるのでしょうか。

eスポーツを通じたDX人材育成プログラム 報告会

日本のデジタル化が進まない理由No.1は?

 現在、日本では国をあげてDXを推進しています。あらゆる産業で新たなデジタル技術を利用して、これまでにないビジネスモデルを展開する動きが顕在化し、さまざまな場面で競争が生まれています。こうした中で企業が競争力を高めていくには、デジタルトランスフォーメーション(DX)を進めていくことが求められているからです。

 ただ、デジタル化は思ったようには進んでいません。2023年11月にスイスのビジネススクールである国際経営開発研究所(IMD)が発表した調査では、日本のデジタル競争力は23年時点で世界主要64カ国・地域のうち31位。過去の調査と比べると、徐々に順位を落としてきているといいます。

 NASEF JAPAN エバンジェリスト 大浦豊弘氏は、「平成元年には世界優良企業のTOP30位に日本企業もかなりの数が入っていました。しかし、その30年後、1位から20位まで見ても、日本の企業は一切入ってきません」と、世界における日本の現状について解説します。

日本の現状について話す
NASEF JAPAN エバンジェリスト 大浦豊弘氏


 IT企業が上位を占めるなか、なぜ日本は競争に追いつけなくなってきたのか。総務省の「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究の請負成果報告書」(2023年3月、エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所)によると、デジタル化を推進するうえでの最大の課題は「人材不足(41.7%)」でした。

総務省「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究の請負成果報告書」
(2023年3月、エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所)より


 経済産業省の「IT 人材需給に関する調査」(2019年3月、みずほ情報総研)では、IT需要の伸びが大きくなかったとしても2030年には約16万人、IT需要が大きくなるとすれば約79万人ものIT人材が不足すると推測しています。システムの老朽化によるトラブルも懸念されており、デジタル人材の確保は急務と言えます。

経済産業省「IT 人材需給に関する調査」
(2019年3月、みずほ情報総研)より


 こうした課題に対して動いたのがNASEF JAPAN、ZORGE、そして富山県です。同県は今回のプロジェクトを通じて、デジタル競争力の強化に貢献する人材を、地元から排出する基盤づくりを目指しています。

eスポーツを活用した教育プログラムの効果測定

 報告会では、冒頭、富山県 デジタル戦略課 主幹の朝山さおり氏が協力したモデル校や関係者に感謝を述べつつ、「富山県では令和4年度から中高生を対象として、発見した身近な課題をプログラミングで解決する、といったスクールを開催してきました。この事業を通して課題発見力やコミュニケーション能力の向上を図り、変化の激しい社会の中で活躍できる人材を育成していきたいと考えています」と紹介し、その一環としてeスポーツを取り入れたことを説明しました。

富山県 デジタル戦略課 主幹の
朝山さおり氏


 eスポーツを通じたDX人材育成プログラムにおける講座では、STEAM教育に沿ったプログラミングによるアニメーションの制作や演算などの学習に加え、PC組み立て教室、eスポーツイベントの企画・運営といった講座を実施。生徒たちの「人間形成」(忍耐力や社会性など)、「能力開発」(論理的思考やコミュニケーション能力など)、「スキル/知識習得」(プログラミングや動画編集/配信など)、「将来への道」(キャリア知識)をサポートしました。

 これらの項目は、朝山氏が挙げた、県が期待する能力の向上にはピッタリの内容です。ただ、今回の取り組みで注目するのは、講座の内容だけではありません。同様の事業において、多くの場合は全講座が終わった段階でプロジェクトが終了しますが、今回は効果検証という新しい試みが加わっていました。

分析結果

 効果検証の対象は、同プログラムに参加した高校生18人。このうち、出席率の高い6人の結果に焦点を当てて分析しました。サンプルとする人数が少なく統計的な測定は難しかったため、実際に調査を行った富山県立大学 大学院生たちの主観も交えてレポートを作成したとのことです。

分析の主旨


 なお、出席できなかった生徒たちは、“サボった”わけではありません。学校講習や資格試験、習い事など、ほかの用事が被ってしまい断念したケースばかりです。講座は特進クラスの生徒も受講できるように7時間目のあと(17時ごろ)開始としていたので、むしろ出席することだけでも少しハードルがありました。それを乗り越えて18人も集まったということに、高岡向陵高校の宮袋誠 副校長(現:校長)は驚いていました。

 データの収集方法は、各講座の開始前と終了時にヒアリングとアンケートを行うほか、受講中の様子も観察。収集した定性的なデータは「マトリクス図」と、断片的な意見やアイデアを関係性ごとに整理する「KJ法」を使って分析しました。その結果、講座前と講座後を比較すると全体的にDXへの興味と理解度の向上が見られたといいます。

分析方法


 例えば生徒F氏の場合、マトリクス図とKJ法による分析では、講座を通してITスキルが向上し、学んだことを生かして自ら工夫・改善する意識が向上しました。さらに、「各講座への興味は高く、特にハードウェアへの関心が深まった」「自分ではコミュニケーションが苦手だと思っているが、講座中はしっかりコミュニケーションが取れていた」なども明らかになっています。一方、難しい内容で講座についていけなくなると、やる気がなくなってしまう傾向がみられるなど、課題も見られました。

KJ法で分析した生徒F
(一部抜粋)


 調査に参加した富山県立大学 工学部 情報システム工学科 助教 河崎隆文氏は、「ITへの興味・理解や、自分で考えて工夫する力は全体的に大きく向上しました。特に、積極的にコミュニケーションを取っている生徒は、大きく興味が高まりました。なかでもeスポーツ部の生徒は、受講後の興味と理解度の伸びが顕著」と分析しました。

富山県立大学 工学部 情報システム工学科 助教
河崎隆文氏

もっと大きな変化に必要なこと

 調査の結果を受けて、プロジェクトの企画段階から関わってきた大浦氏は、「私たちも実行するにあたって不安はたくさんありました。生徒たちが『つまらない』」と言って脱落していくのではないか、といった懸念から、講座の時間が遅く帰りのバスがギリギリになってしまう、季節柄どんどん寒くなる、などの理由で来なくなってしまう可能性もありました」と、開始当初の心境を語ります。

 続けて、「でも実際は、講座に出ることができない生徒たちが、わざわざ教室に来て、講座に出られない理由を説明するんです。無言でいなくなることもできるし、誰かに伝言を頼むこともできるのに、あえて自ら説明にやって来るんです。ということは、生徒たちがもっと参加したいと思える、面白い講座になったということではないでしょうか」と、不安が杞憂になったことを喜んでいました。

 「生徒たちの作品は、アイデア・内容ともに素晴らしいものでした。コードを見ても深い知識を必要とするものでした。もちろん、一から考えた生徒もいれば、インターネット上の作品をヒントに考えた生徒もいたはずです。制作期間は2週間ほどの短期間でしたが、そういった情報を自ら探して、高度な作品に仕上げたことも、『先生に褒められたい」『他の人よりも、もっと良い作品を作りたい」という想いがあったからこその行動だと思いますから、生徒達の前向きに取り組む姿勢を評価していただきたいと思います。今回は調査検証のサンプル数が少なく、確たる教育効果まで導くことは難しかったかもしれませんが、短い期間の講座でも、受講した生徒たちには変化がありました。これをさらに1年、2年と続けていけば、もっと大きな変化につながるはずです」(大浦氏)。

 報告会の後は、「eスポーツを通じたデジタル人材育成の可能性」に関するトークセッションを開催。今回のプロジェクト関係者やeスポーツに取り組む学校などが参加し、活発に議論を交わしました。詳しい内容は、後日掲載します。

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外部リンク

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https://zorge.jp/

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