コラム
2024.08.16
マインクラフトで新事業開拓や社会課題解決に挑む新感覚講義 常葉大で実施 マイクラ造形学とは?
- 大会/イベント
7月30日、常葉大学瀬名キャンパス(静岡県静岡市)で、マインクラフト(マイクラ)を活用した大学講義「マインクラフト造形学」の最終発表会が行われました。マインクラフトを活用する講義とは、いったいどんなものなんでしょうか。発表された受講生たちの作品についても紹介しながらその全貌を取材しました。(取材・文/寺澤 克)
デザインからブランディングまで広範囲 造形学部の学生を対象とした授業
マインクラフト造形学は2023年度から始まった講義。造形学部の学生を主な対象としており、今年度は4月から行われている前期授業となっています。ちょうどこの日は、期末の最終講義ということで「発表会」が開かれ、県内の自治体や、一般企業なども視察に訪れました。
「造形学部」は、建築やインテリアなどデザイン面を学ぶことはもちろんですが、聴講や映像、写真などのメディア、商品開発のブランディングからイベントの企画といったものまでが守備範囲になる、広範囲の学部。グラフィックデザイナーや建築士、UIデザイナーやシステムエンジニアといったところが主な就職先として挙げられています。人と関わる仕組みや見た目を広く「造形」や「デザイン」と捉えていることがわかります。
講師は日本初のプロマインクラフター マイクラでプロジェクトマネジメントを学ぶ講義!
さて、前置きはこれぐらいにして、講義の内容も確認していきましょう。
講義では受講生たちが四つのチームに分かれて、マイクラ内で作品を制作しました。作品のテーマは全くの自由。条件は「社会貢献の内容が含まれること」「小学校高学年でも理解し、学びを得られること」「ブルーオーシャンの事業を想起させること」の三つです。講義で発表会が開かれるのはこれで2回目。中間発表で、出来栄えが良かったと判断され、急きょブルーオーオーシャン事業が条件として加えられたほか、作品の制作エリアの規模が300×300ブロックに拡大されています。ちなみに、マイクラの環境はゲームのシステムに何の手も加えていない状態(バニラ)ですが、作業時間の都合上、建築補助MODなどが入っているとのことです。
講師を務めるのは日本初のプロマインクラフターとして著名なタツナミシュウイチさん。東京大学大学院の客員研究員で、この常葉大学には客員教授として籍を置いています。タツナミさんによれば、この講義の狙いは、作品のクオリティというよりは、マインクラフトを活用して学生たちにプロジェクトマネジメントの実践してもらうという点にあるそうです。
タツナミさん インプット・ビルディング・アウトプットの工程を踏んでもらいますが、同じサーバー内での共同作業や立体ゆえの設計のち密さが求められる難しい作業になります。あくまで表現方法の一つとしてマイクラを選びましたが、インプットをしっかりしないとそのクオリティは大きく変わってくるでしょう。
四つのチームで今回取り組んでもらってるんですが、それぞれが別会社なんじゃないかってくらい、それぞれ違ったテーマに取り組んでいます。マネジメントという点でいえば、学生がそれぞれ役割を持って自主的に臨んでいることも面白いんですよ。作業時間は講義内と授業時間外でも各自で取ってもらっているんですが、やり取りは全部Discordです。チャットではよくしゃべるけどリアルではコツコツと作業していたり、マイクラの経験がある人が他の人にやり方を教えたり、発表資料をつくることに専念する人がいたり……特に私は口を挟んではいませんがそれぞれが役目を全うしているんですよ。
4チームによる発表会!
チームはA、B、C、Dの4チーム。それぞれがスライド資料や、動画、時にはマイクラを操作してワールド内を実際に回りながら発表を行いました。
Aチーム JR静岡駅を再現!もしも地下シェルターがあったら……?
最初に発表したのはAチーム。彼らの作品は、JR静岡駅の地下に作られた巨大シェルター。小学生が興味を持ちそうなものとして、まず「秘密基地」というキーワードを思いついたそう。そこから、「近未来の防災」をテーマに、日本では気候的な問題などから普及が進んでいないシェルターを地下に作る新たな事業を提案しました。
視察に訪れていた静岡市の担当者はコメントを求められ、「確かに地震があっても地震工学的には地下が安全なので理にかなっていますね」と感心した様子。一方で「建設コストを考えると難しいですが、既存の地下街を活用するとより現実的になりそうですね」と実務的な目線での指摘も飛び出しました。なお、静岡駅のモデルはやはり職員たちから見ても完成度が高いようです。
Bチーム 脱出ゲームを遊びながら情報リテラシーを身に付ける デジタル教材なワールド
Bチームが発表したのは、「情報リテラシー×脱出ゲーム×マイクラ」のデジタル教材的なワールド。デジタル化が進む昨今、子どものネットトラブルが多いことに着目し、ゲームをしながらネットリテラシーを学ぶことができる作品を制作しました。ゲームのストーリーはスマホを買うためにPCの中に飛び込み、ネットリテラシーを学ぶ脱出ゲームに挑むというものでした。ちなみに、マイクラを使ってリテラシーを学ぶゲームは、調べたところまだ存在していなかったとのことです。
Cチーム いじめを体験し実態を理解する? 実験的なワールド
Cチームが発表したのは、いじめの現場などを再現した実験的なワールド。小学生たちにいじめの実態や、いじめがどのようなものか理解してもらうために作成したといいます。ワールド内は「いじめのある学校」「いじめのない学校」「学校がない街」の三つのエリアが設けられています。
いじめのある学校は一般的な校舎をモチーフにしたもので、人の目につかない校舎裏や体育館などには生徒がいじめられている場面が再現されています。加害者には自分がいじめを行っているという自覚がない、というケースもあります。その認識を変えるために、こうしたわかりやすいモデルを子どもたちに提示する必要性があるのではないかとCチーム。
一方でいじめのない学校では、デザインを学ぶ学生たちのこだわりが随所に見られました。一般的な校舎と比べると開放的で、いじめが起きないように先生との相談がしやすい環境を構築したとのことです。
学校のない街は一度は考えるであろう「いじめの原因となる学校自体がなくなればいい」を再現した世界。そこでCチームは学校がなくなるとまた別の問題が表れる可能性を指摘しました。
公共教育がなくなると、勉強の場を担うのは学習塾。お金のない貧困層は塾に通えず、富裕層のみが学習の機会を得られるという格差の問題にも切り込みました。こうした世界を見て、いじめをなくすことはもちろんですが、学校の必要性やその機能についても改めて考えてもらいたいという願いを込めているそうです。
Dチーム 本の世界に飛び込める!新しい形の図書館を提案
Dチームは、これまでにない図書館の新しい形を提案しました。図書館は数は増えているものの年々利用者が減少しています。さらに図書館司書など、職員の非正規率が高く、そもそも賃金が低いといった実態があり、課題が山積している状況です。そして、子どもたちに人気なのは動画なので、活字離れも深刻。これでは将来どんどん図書館の利用は減っていくでしょう。
そこでDチームは「体験できる本」を制作。ワールド内に図書館が建てられており、その中の書見台で本を開くと、物語の世界にワープできるようになっています。実際に体験してもらうことで図書館の価値を高め、利用者を増やそうというわけです。
本のラインアップは「ヘンゼルとグレーテル」「かぐや姫」「新選組」の三つ。Dチームは、子どもたちに教訓や社会課題を学んでもらいたいという思いがありこれらの物語を選んだといいます。ヘンゼルとグレーテルでは「善悪の分別をつける大切さ」を、かぐや姫では「男女差別や女性の権利について考える機会」を、新選組では「争いを武力で解決することの危険性」を感じ取ってほしいという願いを込めています。
この発表に反応したのはかいけつゾロリなどでおなじみ、ポプラ社の加藤裕樹代表取締役社長。図書館の全体像をもう少し見たかったという要望がありつつも「遊び心があって我々出版社にとっても非常に参考になる発表でした」と高評価でした。
楽しいけど学びもある!今後も生かせるプロジェクトマネジメントの力!
講義を終えてタツナミさんは「大人でも扱うにはハードルが高い問題に向き合って、それを定義して、大人たちに問いかける。他の講義もある中でこれだけのことが半年で実現したというのはすごいことだと思います。皆さんは最後まできっちりプレゼンをやりきったし、プロジェクトマネジメントができていました。現代は自ら何かを作って、発信して、仕事をつくるということが必要な時代になっていますが、この講義で身に付けたことをぜひ活用していだければと思います」と総括しました。
講義終了後、受講生の感想として、プレゼンテーションの場に立った安竹あげはさん、望月葵生さんの2人に話を聞いてみました。
安竹さん 所属しているゼミでオススメされていたのですが「マイクラだし面白そうだな」と思って受講しました。実際にマイクラに触ったのは初めてです。だから本当に難しくて、すごい大きなミスをしてしまったことがありました。それでも頑張ってやり通しましたね。現代の社会問題を考える場面って意識しないと出てこないし、他の人の発表も聞けたのは収穫でした。
望月さん 「マイクラの講義ってなんだろう?」と思って興味が湧いて受けてみました。マイクラは友だちと集まって遊んできた程度なんですが、グループでプロジェクトを進めるという経験はなかなかできないですし、やっぱり面白かったです。プロジェクトの進め方やメンバーとの協力の仕方など、得るものがたくさんあったので、今後に生かせるのではないかと思いました。
マイクラは表現方法の一つ 課題に取り組みやすい雰囲気をつくる効果も?
さらに会場には子どもを連れて見学に訪れた家族もいました。お父さんは「うちの子どもはマイクラに夢中なんです。なぜこれほどまでに子どもたちをひきつけるのか、その魅力も知られたらと思い見学に来ました」と話していました。大人たちがゲームの内容や魅力を知ることができる。ゲームの教育的な活用にはこのような側面もあるのか、と気づかされました。
タツナミさんが話していたようにマイクラはあくまで表現方法の一種。講義の内容はプロジェクトの進め方を一通り学べるいたって実践的なものとなっていました。受講生の反応を見ていると、講義に主体的に取り組み、コミュニケーションを積極的に取り合っていたのが印象的でした。
マイクラを介したおかげで講義に対する難しいイメージや堅苦しさが中和され、クリエイティビティが働きやすい環境が出来上がったという側面もあったのではないでしょうか。この講義が今後どのように発展していくのか。学生たちの作品を見ているとさまざまな可能性を秘めているような気がします。
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外部リンク
常葉大学
https://www.tokoha-u.ac.jp/