コラム
2025.07.25
マイクラで広がる学びの場、松江ろう学校高等部の特別授業とデジタル教育の挑戦 講師はタツナミさん
- 大会/イベント
島根県松江市にある松江ろう学校高等部は、7月11日にマインクラフト(マイクラ)を使った特別授業を行った。講師は、NASEF JAPAN(ナセフ ジャパン*)理事で東京大学 大学院情報学環の客員研究員でもあるタツナミシュウイチさん。参加した3人の生徒たちは、NASEF JAPANが開発した、マイクラの教育版を活用したSTREAM教育向け教材「Clubcraft 理想の学校編」を使い、高校の成り立ちやゲーム内での建築方法、建築にあたっての心得などを学んだ。

「Clubcraft 理想の学校編」を活用した特別授業
*NASEF JAPAN(ナセフ ジャパン)
【正式名称:特定非営利活動法人 国際教育eスポーツ連盟ネットワーク 日本本部】
eスポーツ/ゲームを入り口にデジタル人材/グローバル人材育成支援を行っている教育eスポーツ団体。
タツナミ先生による特別授業
特別授業は「調査」「制作」「発表」の3ステップで進められた。この日の目標は、校舎建築の練習として、どこかの教室を作ること。1時限目では、まずマイクラの操作方法や建築手順を確認し、制作する教室を決めて、その教室について調査した。今回、生徒たちが選んだのは音楽室。タツナミさんは「壁に使われている素材や構造の意味を調べ、その教室の役割を考えながら作ることで、自然と完成度も高くなります」と、建築の心得を伝えた。

タツナミシュウイチさん
その後、生徒たちは音楽室に行き、メジャーや計測アプリを使って教室の寸法を測り、写真も撮影。戻ってきてからは、実際に測った寸法をもとに設計図を作成した。ここで注目すべきは、生徒たちが試行錯誤の末、実寸よりも約1.5倍大きく教室を設計する工夫をしたことだ。

この工夫には2つの理由がある。一つは、現実とゲーム空間の感覚の違いを埋めるため。音楽室の天井高は3.2mで、生徒の身長(1.6~1.7m)の約2倍だが、マイクラでそのまま再現すると天井高は3ブロック(3m)となり、キャラクターの身長2mに対して1.5倍ほどの高さしかない。実際に操作してみると、現実よりも窮屈に感じるはずだ。そこで、天井高を5ブロック(5m)、つまり実寸の約1.5倍にすることで、現実に近い感覚を再現した。
もう一つは「解像度」の問題だ。マイクラでは1ブロックまたは0.5ブロック単位でしかブロックを積めない。サイズの決まっているドットを並べて絵を描くようなもので、2×2のドットでは表現が難しい。しかし、3×3のドットなら一部の数字やアルファベットも表現することができる。キャンバスを大きくするほど、細かい表現が可能になる、というわけだ。
マイクラでも内装など細部のデザインにこだわる場合は、全体のスケールを大きくする必要がある。例えば、実寸1.0mほどのピアノをマイクラで再現しようとすると、黒い階段状のブロックを2つ並べるのが限界だが、全体を1.5倍にすれば使えるブロック数が増え、よりリアルなピアノに近づける。ただし、サイズを大きくするほど細かなデザインが可能になる一方、建築にかかる時間も増える。そこで生徒たちは一度教室を仮組みし、サイズや作業速度を検証。スケジュールとのバランスを考え、今回は1.5倍の大きさに決定した。

2限目の制作では、作業を効率よく進めるため、メンバーそれぞれが別々の場所を担当するなど役割分担をした。撮影した教室の写真を参考に、使うブロックの材質を選び、設計図に沿ってブロックを積み上げている。骨組みから始め、床や壁・天井を作り、内装に進むという、現実の建築に近い手順で進めることで、作りやすさも学んだ。


完成度を高めるため、リアルの楽器や備品をマイクラ内のブロックで工夫して再現した点もポイント。黄色い旗でカーテンを、白い0.5mのブロックを窓際の壁の天井近くに並べてエアコンを、白いガラス板を並べてパーテーションを表現するなど、さまざまな工夫が見られた。ピアノの再現度も高く、全体の完成度の高さに先生たちも驚いていた。

3限目は発表の時間。1年生の有藤さんと3年生の山縣さんがプレゼンテーションを担当し、1年生の瀬戸さんは紹介内容に合わせてマイクラで制作した音楽室を案内した。山縣さんは「音楽室のサイズや、天井に音を外に漏らさないための穴がたくさん空いていることなど、これまで考えたこともなかったことを知ることができました。教室の見方が変わりました」と、新たな発見を発表した。
特別授業を終えた有藤さんは「3人で協力して、素晴らしい音楽室を作ることができてよかったです。初めて知ったことや学んだことを、しっかり覚えていたいと思います。ありがとうございました」と感謝の言葉を述べた。

タツナミさんは「マインクラフトを使った授業は、ハンデというものがほぼない状態で一緒に何か活動することができます。彼らにとってはすべての人と同じように活動できる場所がマインクラフトのワールドの中なので、彼ら自身の持っている新しいアイデアや発想っていうのが花開いてくるんじゃないかと思う。」と教育分野でのマインクラフト活用の魅力を語り、最後に「特別授業が始まった時は、皆さんあまりマインクラフトに慣れていない様子でした。だから今日は完成しなくても、学んだことを今後に活かしてもらえればと思っていましたが、見事に完成しましたね。100点満点中、200点と言ってもいいかもしれません。音楽室の役割や特徴をしっかり捉えて再現していましたし、完成度も高い。今後、学校そのものを作るときにも、それぞれの役割や意味を考えながら取り組んでください」と生徒たちに激励のメッセージを贈った。

120周年記念イベントに向けてスタートダッシュ
松江ろう学校高等部では、2024年度から総合的な探究の時間にデジタル講座を導入している。担当の安部先生は「生徒たちは、工業科と家庭科の2つのコースで職業専門科目を学ぶことができますが、学習の基礎の一つである『情報活用能力』をもっと高める必要性を感じていました。だからこそ、チャットで会話ができるなど、聞こえに不自由があっても大きなハードルにならないデジタル空間で新しいことができないかと考えていました。そこに島根県eスポーツ連合さんとNASEF JAPANさんからのデジタル人材育成講座の話が舞い込んできたので、すぐに手を挙げました」と講座開始の背景を語る。

前年度のテーマは農業DX(デジタルトランスフォーメーション)だった。センサーで水田の水位や水温を把握し、効率的に水を管理する方法や、ドローンで農薬を散布する方法など、農業の省力化について学んだ。圃場での体験学習のほかに座学で学習する機会もあったが、授業の中でマイクラを使った農業体験を実施したところ、難しい内容もイメージしやすくなったようで生徒たちからは「授業中にゲームができる」「手軽に体験できて、楽しく学べた」と大好評だった。
この反響を受け、2025年度には卒業生と在校生が継続的に交流できる場をマイクラで作るプロジェクト「バーチャル 松江ろう学校@マインクラフト」が立ち上がった。多くの自治体と同様、島根県も人口減少による働き手不足という課題を抱えている。松江ろう学校の生徒たちも、卒業後に島根を離れる人が多いとのこと。卒業生たちの心の中に「島根で働く」という選択肢を残し続けるため、何らかの形で島根県とつながり続けてほしいという思いから、この企画が始まった。
デジタル講座をサポートする島根県eスポーツ連合の木村一彦さんは「マインクラフトは多くの人に人気のゲームなので、最初は松江ろう学校に興味がない人でも、面白そうなコンテンツであれば参加してもらえるはずです。楽しんでいるうちに松江ろう学校や島根県のことを知り、島根県とつながり続ける"関係人口"になってほしい」と期待を寄せている。

今回のタツナミシュウイチさんによる特別授業は、いわばキックオフイベント。マイクラでの建築方法や心得を身に着けることが目的だ。将来的には現在の校舎の紹介や、松江ろう学校の誕生エピソード動画などをマイクラで制作することを目指している。制作した校舎や動画は、9月末に開催される創立120周年記念式典で発表される予定だ。

特別支援学校におけるデジタル教育の先駆け
今回の特別授業を通じて、高等部の生徒たちは9月の「バーチャル 松江ろう学校@マインクラフト」完成・発表に向けて、良いスタートを切ることができた。この成功は、生徒自身やタツナミさん、学びの場を準備した関係者の尽力によるものだが、もう一つ大きな要因がある。それは、授業を見学しに来た中学部1年生の2人の存在。日ごろからマイクラで遊んでいる2人は、マイクラに詳しく、操作方法や床・壁の材質選びなど、完成まで高校生たちをサポートしていた。
タツナミさんは「2人のようにマイクラに詳しい人が、そうでない人をサポートする形は理想的です。今後もメンターとして参加してほしい」と期待を寄せる。話した内容が即座に文字になるシステムや手話通訳が授業のスムーズな進行を支えたが、マイクラに登場する「レッドストーン回路」や「クリーパー」などの固有名詞は、文字や手話でも伝わりにくいという課題があった。こうしたとき、手話とマイクラの両方に詳しいメンターがいれば、問題なく解決できる。今後、ろう学校(聴覚特別支援学校)でClubcraftなどマイクラを使った授業を展開するためにも、こうした要素が必要になってくるだろう。
また、特別授業を通して見えてきた課題もある。特別支援学校でデジタル人材育成に取り組むためには、教材や人員、ノウハウがまだ十分ではない。今回の授業も事例を学ぼうと、さまざまな大人が見学に訪れていた。NASEF JAPANの取り組みは、特別支援学校におけるデジタル人材育成の先駆けとなりそうだ。
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外部リンク
島根県立松江ろう学校
https://www.matsurou.ed.jp/
NASEF JAPAN
https://nasef.jp/
タツナミチャンネル - Tatsunami CHANNEL - (タツナミシュウイチさんのYouTubeチャンネル)
https://www.youtube.com/channel/UCedenULTLYf3DanflEXdRCQ

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