インタビュー
2024.08.21
佐賀からITの革新生むデジタル人材輩出へ! 高校生向け育成事業の立役者に聞くゴールとは
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佐賀県は5月から、「SAGAハイスクールDI(デジタル イノベーション)人材育成プログラム事業」をスタートしました。県内の高校生に3年間、実践的なデジタル技術を身に付けるための学びの場を創設するプロジェクトには約100人が参加。「SAGA DI Lab」の7拠点で、放課後や週末に実施しています。地元企業や佐賀県、佐賀県教育委員会、高等専門学校、NPO、そして銀行も参加するこの一大プロジェクトはどのように生まれ、どこを目指すのでしょうか。中心人物たちに直撃しました。
佐賀県知事が参加した同事業のキックオフイベント
https://esports.bcnretail.com/column-interview/column/240628_005338.html
取材・文/南雲 亮平 写真/大浦 豊弘(NASEF JAPAN)
“イノベーター”(革新者)育成計画
── 「SAGAハイスクールDI人材育成プログラム事業」がスタートしました。産官学民金が一体となって進める大きなプロジェクトですが、立ち上げのいきさつを教えてください。
見浦浩徳氏(以下、敬称略) 現在、企業のなかでデジタル人材のニーズが高まる一方で、供給が追い付いていないという課題があります。高校生にとってデジタルというのは非常に興味関心が高い分野ですが、学校の授業の中では取り扱いが薄い、というのが理由の一つです。その解決に向け、実践的なデジタル技術を身に付けてほしいという思いでプロジェクトをスタートさせました。
── こうした人材育成プロジェクトを教育委員会が主導して進めるケースは珍しいのでしょうか。
見浦 他県では、自治体の産業労働部局やコンサルなどが中心になって立ち上がるケースが多いです。今回は、私自身の強い想いもありますが、教育委員会としてこうした事業をぜひ進めたいという想いで、組織として発案から企画、予算確保などに動きました。また産業労働部とも協力して進めています。
── IT人材不足については総務省が試算データを公開するなど話題になっていますが、現場ではどう感じていますか。
木村隆夫氏(以下、敬称略) 以前は佐賀大学の理工学部の学生など多くの方が当社の門を叩いてくださったのですが、今は減ってしまいました。新型コロナ禍になって会社説明会も面接も全部オンラインになったものですから、それまで交通費や手間を考えて東京や大阪に行かずに地元で就職活動をしていた人たちが、都会に就職するようになったんです。
実感としては、志望者はコロナ禍以前の3分の1、4分の1くらいになりました。こうした傾向は全国的に見られると思うので、中小企業は特に厳しい状態になってきています。世の中はすごい勢いでデジタルにシフトしてきているので、デジタル人材は引く手あまたでしょう。
── どういった分野のデジタル人材が特に不足していると感じますか。
石川洋平氏(以下、敬称略) ITビジネスの全体を見ることができるイノベーター(革新者)です。
GPUの価格高騰や半年待ちになった給湯器の修理・交換で話題になった“半導体不足”。実際、今の日本では解決が難しい問題です。AIや数理の分野ではPCスキルが必要不可欠、というのは共通理解だと思いますが、そもそも半導体、ICチップがなければPCすら生まれません。
だからこそ、まずはICチップの開発からプログラミングまで一気通貫で把握している人材が必要です。そのうえで、国際的なビジネスとして事業を成り立たせることができるほど視野が広い、ITビジネスの全体を把握しているイノベーターによるイノベーションが求められていると考えています。
── 3年間の講座になるとのことですが、どのような生徒が参加するのでしょうか。また、スケジュールを教えてください。
見浦 佐賀県内の高校(公立・私学)からSAGAハイスクールDI人材育成プログラム事業の受講希望者を募り、7拠点で講座を受けていただきます。高校1年生が対象で3年間しっかりと学んでいただきます。
1年目は、石川先生が専門としているサーキットデザイン教育(半導体の回路設計)、プログラミング、データサイエンスの三項目全てを学びます。そのなかで、生徒自身が興味のある分野の方向性を決めていきます。2年目は、興味を持った分野についてさらに深めていきます。3年目は、最終的な到達目標ということで、専門的な知識レベルとしては高専の3年生くらいのレベルにまで持っていきたいです。
加えて専門知識だけでなく、さまざまな視点からものを捉え、考え、実行することができるイノベーターを育てていきます。
── 地元学も実施されるとのことでしたね。
見浦 高校卒業後の佐賀県内の企業への就職率は65%程度です。あとの30%以上は県外に出て行っています。また、大学や高等専門学校に進んだ方々のうち、おおよそ8割が県外に出て行ってしまい、ほぼ戻ってきません。これが佐賀県として1番の課題だと感じています。
地元学ではこうした課題を解決したいと考えています。佐賀の歴史や偉人についてケースメソッドを学ぶ地元学を通して「将来、佐賀で活躍する」というマインドを育みたいです。そして高等教育課程が終わったら、戻ってきてもらえるような仕掛けを入れていきたいと考えています。
── 帰ってきたときの受け入れ先も用意し始めているのでしょうか。
見浦 そこも課題になっております。県内企業でもDX化をけん引するような人材は非常に欲しがっているので、そこを起点に受け皿をつくるために産業労働部各と連携していきます。
加えて、地元学のなかで地域の起業家に関わっていただき、アントレプレナーシップ(起業家精神)を身に付けてもらう機会をつくることで、将来の起業家の種も巻く計画です。
サーキットデザイン教育とPBL教育
── プログラムをつくるなかで、地元企業の木村情報技術以外にもさまざまなパートナーシップを結んでいます。なかでも福岡県の有明高専と、アメリカに本部のあるNASEF JAPANと手を組んだ理由を教えてください。
見浦 まず有明高専については、同校の教師である石川先生の「サーキットデザイン教育」に感銘を受けました。プログラミングが教育として当たり前になったように、半導体・集積回路も小中学生や高校生、一般の人に親しんでもらおうという取り組みです。また、佐賀県には高専がないので、実践的な学びという部分を一緒につくるためでもあります。
NASEF JAPANは、eスポーツで学びのきっかけを作っているという点と、問題解決型学習(PBL)の教材を持っておられるということで、私たちの目指す「自ら考え、実践する」人になってもらいたいという想いと合致したため、協力をお願いしました。
── 要請を受けてから、プロジェクトの実行までどのような動きがあったのでしょうか。
石川 最初はびっくりしました。私は佐賀大学出身なので、AIやプログラミングであれば佐賀大学に素晴らしい先生がいることを知っています。だから有明高専が出ていく場はないと考えていました。ところが、県の方たちにサーキットデザイン教育というIC設計の話をしたら、まさか聞いていただけるとは思わなかった、というのが正直なところです。
デジタル人材育成と言うと、多くの場合はプログラミングやAIに取り組みましょう、といったようなお話が出るところだと思うのですが、ハードウェアの話も親身になって聞いてくださって、理解していただけたんです。その時にたぶんこれは佐賀にしかできないことだと思って、それであれば佐賀発でサーキットデザイン教育を一緒に進めていきましょう!と、参画することになりました。
── 確かに、プログラミングが義務教育に組み込まれたことからも、デジタル人材育成といったらソフトウェアに行きがちな傾向を感じます。そんななか、なぜハードウェアに目を付けたのでしょうか。
見浦 ソフトウェアは最終的にはすべて、ハードウェアの上で動いている、というところですね。だからこそ、ハードウェアを学んだうえでソフトウェアも作って使える人材がイノベーターになると思ったんです。私自身、佐賀大学の理工学部出身で石川先生の考え方にも同調する部分が多く、感銘を受けました。
── NASEF JAPANではいかがでしょうか。
松原昭博氏(以下、敬称略) 石川先生のパートでは、DXのなかでも主にハードウェアについて学んでいただくことになるかと思います。一方、NASEF JAPANのPBL教育では、ソフトウェア面の強化を狙っています。先ほどからあがっている通り、この両輪があって初めてイノベーターになれるのだと考えています。
日本の教育スタイルは暗記が主流ですが、PBLは課題を探し出し、解決策を考え、実行するというものです。社会人になって何等かのプロジェクトチームに関わる際、お互いにコミュニケーションしながら解決していくことになりますが、この時にリードできる人間を育成する、という狙いもあります。
もともとPBLはアメリカでスタートしたもので、向こうでは実践や研究が進んでいます。そのノウハウを活かすべくアメリカから専門の講師を招き、ゲームやeスポーツを入り口にして、生徒たちを主体的に動いていけるように育成していきます。
── プログラムの制作に携わっている木村情報技術は、これからどのような施策を展開していくのでしょうか。
木村 今回の目玉の一つは石川先生のサーキットデザイン教育、もう一つは地元学です。
あとは、当社はもともとブルーオーシャン戦略で、だれもやっていないことを最初に取り上げるということに注力していました。20年ほど前には、まだ世の中で知られていなかったインターネットテレビ会議システムを取り扱っていましたし、人工知能もIBMワトソンが日本に来たときは当社が初のエコパートナーとして認定されました。あと、メタバースにもいち早く取り組んでいます。
ですから、アントレプレーナーシップの精神をカリキュラムに入れ込んでいくことも提案しながら3年間、取り組んでいければと思っています。
── 今回のプロジェクトのキックオフイベントには、回路設計を体験できるゲームがありました。あちらも木村情報技術が制作したと伺いました。
木村 はい、すごくいいタイミングでした。当社の子会社のASKプロジェクトにアンリアルエンジンを扱える人材がいたので、石川先生の考えているサーキットデザイン教育を何か形として具現化できないかと考えて開発しました。ゲーム内で提示される目的を達成すれば、自然と回路設計を体験できる設計です。ゲームを入り口として気軽に学習できるよう工夫しました。
── イベントでも参加者が夢中でプレーしていました。こういったゲームを使った教育コンテンツがあるのであれば、オンライン講座の方が人数や移動の制限もなく受講しやすいと思いますが、講座はオフライン限定ですよね。
見浦 世の中にオンラインコンテンツは増えていますが、本プロジェクトは基本対面です。コーチと実際にやり取りをしながら学ぶということを意識しているので、学校と協力して県内に7拠点を用意し、対面で実施できる体制を整えました。
石川 正直、内容を伝えるだけであればデジタルでもなんでもいいんです。でも、プレゼンのような形で授業をする際は、熱量を伝えないと生徒たちにはなかなか話の内容が伝わらないと思うんです。
僕の母校の工業高校でも同じような教え方をしてもらいました。その工業高校の先生たちの熱量をそのまま高等教育につなげていければ、おそらく難しい学問がもっと簡単に頭に入っていくと思うんです。生徒たちも、自分で学びたいと思い始めるはずなんですよ。
キックオフの体験講座でも、生徒たちには何も説明せずに突然ゲームをやってもらいました。普通はどんなことを学び取ってほしいのか説明してから体験してもらうと思いますが、あえてまずは楽しんでもらったんです。その熱が冷めないうちに体験した内容を解説しました。
でも、同じ空気を共有できないオンラインでは一人で冷静になってしまうこともあり、熱量を伝えるのは難しいことです。最初に流れをつかんでもらえればあとはオンラインでも大丈夫かもしれませんが、最初の熱を伝えるところが1番重要なので、対面を意識しています。
── オフラインでしか感じることのできない熱量を重視しているということですね。一方、NASEF JAPANには「CLASSCRAFT」や「Clubcraft」など、豊富なオンラインコンテンツがあります。
松原 はい、最初は全国の学校で気軽に体験していただこうと思い、オンラインで提供しやすいようにつくりました。ただ、さまざまな取り組みを通じて、私たちもオンとオフでは温度感が全く異なることが分かってきました。
ですから、まずは私たちの想いを先生方に共有し、共感していただけた方に研修でメソッドを伝えることで熱を持った先生になっていただきます。そのうえで生徒と対面して熱を伝えられるよう、コンテンツを変えているところです。
プロジェクトのゴールとは
── 「SAGAハイスクールDI人材育成事業」のゴールはどこにあると捉えていますか。抱負とあわせて教えてください。
見浦 ゴールは、3年間の講座を経た生徒が将来地元で活躍するようなイノベーターになっていることです。
もう少し細かい数字では、今回の講座を受けた生徒のうち8~9割の生徒が高等教育機関に進んでほしいと考えています。そこで専門知識を深めて技術者やイノベーターになってもらえたら理想です。残りの1~2割の生徒は、すぐに社会で活躍する人材として就職していくイメージです。
直近では、12月に開催を予定している「DI選手権」が一番の肝です。成果発表の場として設けているので、生徒たちが学んできたことをいかにアピールできるか、という大切な場面になります。ここを見据えてカリキュラムを組んで進めていきます。
木村 現在、少子高齢化であったり、AIの台頭だったりと、さまざまな要因から中小企業は生きにくい世の中になってきました。ただ、最新の技術を使いこなせる人材はいずれの世でも欠かせません。そこで思いついたのが、人材育成の支援でした。
今年初旬頃から教育プラットフォームを作り始めていて、ちょうどその頃このプロジェクトに手を挙げさせていただき、私たちの提案を採択していただきました。
将来的には、それぞれ参加者が何を学んだのか、どのような発表をしたのか、どのような成績を収めたのか、といった内容を蓄積していき、それをリクルートなどに活かすような仕組みを導入できたら面白いのかなと思います。自分が何をしてきたのかを振り返ることで強みの発見につながるかもしれません。
石川 サーキットデザイン教育はまだ生まれたばかりの言葉です。全国の公教育に入れていくためにも、まずは佐賀でやっていくと決めています。工業高校の先生を経験されている見浦さん、最初に立ち上げた企業から一緒にやってきた木村さん、NASEF JAPANに関しては私の出身校である八女工業が大会などでお世話になっています。全部、佐賀県でつないだ縁なんです。さらに、電気学会の祖である志田林三郎さんの出身も佐賀です。
こうした縁を大切にすると、企業とつながっていくんです。企業がつながってきたらサーキットデザイン教育も実現すると思います。
30年前は“プログラミング”が一部のマニアの代名詞でした。それが今は習い事ナンバーワンになって、公教育にも入りました。それと同じように、みんながICチップを設計できるような世の中になっていくはずです。みんなが信じてそこまで突き進んだ時に、初めて世の中が変わってくると思うんです。
ハードウェアが分からずにソフトウェアを作り始めてしまうと、ハードウェアに縛られてしまうんです。iPhone買うとなったとき、やる気が高まればギリギリ「ソフトウェア開発しようかな」となるかもしれません。でも、IC回路の設計ができれば、「iPhoneを開発してみようかな」まで踏み込むことができるようになるはずです。
松原 NASEF JAPANのミッションは、世界で活躍できるDXグローバル人材を育成することです。とんでもない大風呂敷ではありますが、皆さんの力を結集すればできると考えています。佐賀県は企業、教育委員会、学校の産官学が揃っている稀有な事例です。しかも、ただ名前が出ているだけでなく、三者ががっつりとプログラムに入っていましたし、ほかの佐賀県の企業の方々も興味を持っていらっしゃる。
このようにしっかりと連携したプロジェクトはほかでは見ることができません。日本におけるロールモデルとして、これをコピーしていきたいと考えています。そのためにも、皆さんが熱意を持って、本当に子どもたちの将来を考えて取り組んでいるということを啓発していきたいと考えています。
3カ年計画だけで終わらせない
「SAGAハイスクールDI人材育成事業」のキーパーソンである4人は、日本に必要とされるDI人材の育成を重要視していました。特に注力するのは3年間で回路設計からソフトウェア開発、ビジネスまで一気通貫で把握している“イノベーター”を生み出すことです。
こうした壮大な計画を実行に移すことができるのも、教育委員会として学習環境を提供することができる見浦推進監、サーキットデザイン教育を展開する石川先生、チャレンジングなITサービスを提供し続ける地元企業の木村社長、ゲームを使った教育と海外との橋渡しができるNASEF JAPANの松原理事長が揃ったからこそです。このドリームチームが結成できた理由について、石川先生は“縁”と表現していました。
同プロジェクトは3カ年計画ですが、イノベーターを1回世に送り出しただけで終わらせるつもりはないとのこと。次年度にはさらに100人の高校1年生を募集して、毎年100人を世に送り出せる体制を目指しています。
継続に欠かせない創設者たちの想いの継承についても心配はしていないとのこと。「全国にある51高専55キャンパスには、熱量と技量をもった博士が山のようにいます。ただ、それを発する場がまだまだありません。今回の座組をほかの県でも実施できるような形にできれば、一気に広がると思います」と、石川先生は展望します。そのためにも、まずは年に一度のDI選手権で佐賀県の成果を示す必要がありそうです。
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