インタビュー

2023.10.28

スポーツ科学の側面からeスポーツにアプローチ!筑波大学・松井先生に聞くeスポーツ科学 前編

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 X(旧Twitter)でeスポーツの実験としてエアロバイクを漕ぐ学生の動画を発見した編集部。筑波大学のeスポーツチームOWLSのこのポスト、実は同大学でスポーツ科学を専門に研究する松井崇先生の研究室での一幕だったようです。しかしeスポーツの研究とは具体的にはどんなことをしているのでしょうか。松井先生に研究に取り組み始めたいきさつや、現在の研究の内容について聞いてみました。(取材・文/寺澤 克)

少年時代の原体験が研究の根底に しかもeスポーツは研究に適している

「さっきまで柔道を日本語と英語で教えていたんですよ。
柔道用語を英語で説明するのはなかなか難しいですね」と松井先生。
大学での授業が終わったばかりで慌ただしい中、
取材に対応してくれた


──松井先生は柔道家としての一面もあると伺っていますが、なぜeスポーツを研究されているんですか。

松井先生(以下敬称略)理由は三つあります。一つは2019年のことです。いわゆるeスポーツ元年と呼ばれた2018年の翌年、この茨城県で国体が開かれ、eスポーツも文化プログラムとして実施されました。私もつくば国際会議場に大会を見に行ったのですが、こんなに立派な会場でゲームの大会が行わているのかと驚き、観客の熱狂を肌で感じました。そこで「これもスポーツというならば、スポーツ科学の側面から研究すべきじゃないか」と考えたのです。

──なるほど。刺激を受けたわけですね。そして二つ目はなんですか。

松井 それは私の子ども時代の経験から来るものです。私の地元は東京都の中野なんですが、中野と言えば中野ブロードウェイ。今では国内屈指のディープスポットとして多くの人に認知されていますが、子ども時代の私にとっては恰好の遊び場でした。

──やはりゲームをプレーしに行っていたのですか。

松井 そうなんです。昔は1階が子ども向けのゲーム、2階に行くと格闘ゲームの筐体とかが置いてあって「上の階にはマジでゲームやってる人たちがいるな」と当時子どもながらに思ったものです。それでたまに上に冒険しに行ってボコボコにされて帰ってくるという(笑)。今思い返してみれば、柔道で言う「出稽古」のようなものでしたね。でもそんな中で仲間と呼べる人ができたり、対戦相手との絆を感じられたりといった思い出がありました。その絆の部分を科学的に検証したいと考えています。

──確かにゲームを一緒にプレーした人とはなんとなく一体感を覚えることがありますね。それから三つ目の理由は何ですか。

松井 それはeスポーツがスポーツの4要素のうち三つを検証するのに適しているからです。それを説明するにはまず、スポーツの意味について紐解いていきましょう。

──はい、よろしくお願いします。

松井 スポーツ科学においてスポーツとは「身体を使って競い合うことをルールに則って楽しむ」ことと定義されています。身体性・競争性・組織性・遊戯性の四つの要素から成り立ち、語源ともなったラテン語の「Deportare(デポルターレ)」には気晴らしという意味があります。この点で言えば、eスポーツも元は気晴らしや趣味としてやっていたゲームに端を発することと一緒ですね。でも考えてみてください、果たしてeスポーツはこの四つの要素を本当に満たしているでしょうか。

──身体性がどうなのか、という声はあると思いますね。

松井 そうですね。大きな問いは「eスポーツに身体性はあるのか?」ということになります。これは業界でも意見が分かれるところですが、私は、最小限ではあるのですが「ある」と考えています。どうしてそう考えるのかはこれからお話していこうと思います。

──確かに改めて考えるとeスポーツは研究材料としては興味深いですね。

松井 おっしゃる通り、先ほどの話を踏まえるとeスポーツは身体性以外の3要素「競争性」「組織性」「遊戯性」を検証するのにうってつけなんです。

eスポーツに教育的側面 オンラインでも効果発揮するには心拍数がカギに

──先ほどゲームを通した仲間や絆とおっしゃっていましたが、今の研究にもそれらは関係があるのですか。

松井 それが大ありなんです。まず、柔道は身体をぶつけあって触れ合う、コンタクトスポーツに分類されています。私のこれまでの研究では、柔道に取り組むことでオキシトシンが分泌されることがわかってきました。絆ホルモンや愛情ホルモンと呼ばれることもあり、親子のスキンシップや恋愛などで分泌されると言われてきた成分です。つまり、共感性を育み、お互いに高め合うことができる、柔道にはそういった教育的側面があることが科学的に証明できたのです。

──eスポーツについてはどうですか。

松井 一方でeスポーツって、競技の中での身体の接触はありませんよね。しかし、私たちは少年時代にゲームを通してそういった絆の様なものを感じました。だったらeスポーツでもオキシトシンが出るんじゃないか。そんな風な仮説を立てて研究に取り組んできました。

──現状の研究成果はどうでしょうか。

松井 「eスポーツが身体を拡張させている」ということが一つ言えると思います。これまでの研究では、オフラインで対面して、画面の中のアバター同士を戦わせることで、オキシトシンが出ているということがわかってきました。これは、いわゆる人間拡張、車いすやメガネと一緒だと考えるとわかりやすいです。自分に足りないものを道具で補う、この点でいえば、eスポーツは弓道や剣道に近い側面もあるということですね。

──確かに道具を使うという点では共通していますね。一方で、eスポーツの利点としてオンラインでプレーできるという点が挙げられますが、その場合はどうなるのですか。

松井 それが、オンラインだと先ほど話していたような効果は消えてしまいます。知らない人とマッチングしても共感は生まれません。するとどうしてもeスポーツに教育的要素を裏付けることが難しくなってしまうんです。

──でもオンラインだとボイスチャットがあります。あれがオキシトシンの分泌や絆の形成に関わることはないのですか。

松井 いい質問ですね。これも検証を行っています。知っている人同士でチームを組んでeスポーツをプレーすると絆が育まれるということはわかっています。しかしそれは知り合い同士のチーム内だけでの話です。ですからどのようにそれを克服するか、どのようにオンラインでもオフラインと同じようにプレーして、初対面の人とも絆を育むことができるようになるか、それを検討しているところですね。

──例えば、どのような取り組みを行っているのですか。

松井 考えるべきはオンラインでのeスポーツにどの要素を加えたらオフライン環境に近づくのか、という点です。まず、オンライン対戦で顔を見せます。この時点でオキシトシンの分泌量はオフライン対戦が100%だとしたら30%ぐらいです。ちなみに顔を見せない場合、分泌量は0%です。

──顔だけで30%ですか。それから次に何を足すのですか。

松井 そこで私は柔道をしているとき相手の何を感じ取っているかイメージしました。普段は相手の体温や息遣い、汗のかき具合を感じながら間合いを見極めているんですね。それに近いものと言えば、心拍数。そこから相手の心拍数が振動で伝わるように、着るスピーカーを付けるなど試行錯誤をしました。すると自分と相手の心拍数の波長がそろうようになって、オキシトシンの分泌がオフライン環境と近くなることを発見しました。現状はこんなところですが、先端科学の分野とも連携してこれからも取り組みは続けていくつもりです。

──なるほど、オフライン環境に近づける試みは着々と進んでいるわけですね。

疲労を感じにくいことが懸念点 スポーツ科学を通してeスポーツで夢を持てる環境づくりを

「身体から解き放たれて生産性だけを維持していくなんて
ディストピアですよね(笑)」と松井先生。
究極の目標として2050年ムーンショット計画を見据えている。
ヴァーチャル空間でも絆を育み、人間らしく生き、
サイバースポーツとして生き残ったスポーツを楽しくプレーしたい
というのが密かな野望だという


──どのような研究をされているのかというところはわかってきました。では、eスポーツを研究して松井先生が目指すものとは何でしょうか。

松井 「スポーツの未来を創ろう」です。eスポーツのために研究するというのはもちろんですが、スポーツ文化の一角としてeスポーツがある、それを当たり前にしたいという思いがあります。eスポーツの特徴は、直接身体を動かしているわけではないということ。そのため老若男女、障がいの有無を問わずどんな人でも楽しむことができる利点があります。しかし身体を動かさないこと以外はほかのスポーツと同じです。ですから注意すべきこともあります。

──注意すべきことですか。

松井 それは身体を動かさないので疲労をとても感じにくいという点です。ですから脳が疲れて判断力が鈍っていることに気づけず、長時間のプレーをしてしまいがちになる。これを克服するために、疲労をどのように的確に自覚するかが、eスポーツの一つのポイントではないかと考えています。特に学生にとっては。

──学生が健康を顧みずにゲームに没頭するということでしょうか。

松井 はい、学生としてどうeスポーツに取り組めば、健全な生活を送ることができるのか、これを明らかにすることも大きな責務だと感じています。例えば、上達するには長時間練習することが正義だと思われているのがeスポーツの現状です。すると勉強する時間や寝る時間が無くなって、学校生活についていけなくなる。こうした実情をスポーツ科学の側面から改善していく。

 理想は、フィジカルスポーツのように中学、高校、大学と、各階層で夢を持つことができ、学業などほかの活動をしながら夢を追い続けることで、eスポーツに取り組む人が自己実現できる環境を構築することです。私の研究がその一助となることができればうれしいですね。

──ちなみに、あのOWLSのアップしていた動画はなんだったんですか。

松井 あれは、eスポーツをプレーする合間に運動を挟むことで、eスポーツの成績が向上するかを検証する実験になります。

──eスポーツに運動を取り入れるんですか。

X公式アカウントOWLS | 筑波大学eスポーツ
(@tsukubaowls_esp)から引用


 後半は、さらにこの研究の成果なども深堀りしていきます。eスポーツをプレーするうえで必要な栄養素や最適な休養方法などについても松井先生に聞いてみましたので次回もお見逃しなく。

プロフィール

松井 崇(まつい たかし/Takashi Matsui)
 1984年筑波大学病院生まれ、東京都中野区育ち。筑波大学体育専門学群卒業。柔道五段。筑波大学大学院体育科学専攻で、中枢疲労を担う脳グリコーゲンの役割を解明。2012年修了。博士(体育科学)。学振特別研究員SPD、スペイン・カハール研究所客員助教を経ながら「スポーツ神経生物学」を推進。2015年より筑波大学助教。2017年より、全日本柔道連盟科学研究部で「柔道生理学」を展開。2020年より、「筑波大学eスポーツ科学プロジェクト」を先導。2022年、筑波大学健幸ライフスタイル開発研究センター副センター長に就任し、「老若男女の健幸スポーツライフの創成」に取り組む。

書いた人 

寺澤 克
 上場メーカーの営業職から、ライターに転身。スタートアップ企業やインフラ系業界紙を経て、現在はBCN eスポーツ部の編集記者。グランツーリスモやスマブラに幼少期から親しんできたがその実力は微妙。最近の日課は、原神のデイリーを捌くこと。パイモンちゃんLOVE。

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外部リンク

筑波大学 松井研究室 ホームページ
https://www.tsukuba-matsui-lab.org/

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